SARSの影響で、上海ではずっと長い間演奏会だのイベントが催行中止となり、ここのところずっと音楽関係不毛の時期でありました。私自身もこの1年、外で生活するのに一生懸命で、日記にはほとんど音楽に関する事を書けておらず、「音楽留学日記」ならぬ「留学生活日記」と化してしまい、反省しきりです。
これからは、今までの外での生活から抜け出し、学校に再び戻る事となりましたので、本来の「音楽留学日記」らしく、音楽関係の内容にもっと触れていきたいと思っています。(なんてエラそーに宣言してますが、いつまでこの姿勢が続くことやら)。
音楽関係・・といっても、もともと上海は北京に比べ、民楽系の演奏会が極端に少ないので、レポートも書けません。ので、まずは上海で購入したオススメCDのことなんぞ書く事にします。 |
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「黒土歌」 馮少先&高雄市立国楽団 (雨果製作有限公司)
絞り出すような独白から始まる、三弦弾唱「黒土歌」。シ、シブすぎる!!
馮少先というと、まず浮かぶのは月琴。中国を代表する演奏家としてだけでなく、自ら作曲もし、たくさんの名作を残しています。月琴と柳琴は奏法等も似ていますから、月琴の作品を柳琴で演奏する事も多く、自然と彼の作品もよく目にします。
しかも彼の演奏する楽器は月琴だけにとどまらず、このCDでは他に三弦、板胡、中阮、打楽器などのソロも披露しており、各曲、各楽器それぞれにいい味出してます。
そして馮少先といえば切り離して考えられないのが劉錫津作品。このCD中の組曲2作品とも、彼の作品です。「北方民族生活素描」は柳琴でもよく演奏されてて耳に馴染んでいますが(うち「冬猟」や「漁歌」は実際習ったからよけい必死で聴いてしまうんです)、あらためて聞くとまた違った趣があります。柳琴よりも月琴の方が素朴な、土臭い音がするので、「生活素描」にふさわしい気がしますね。 |
もう一方の組曲、「満族組曲」。4つの楽章から成り、各章それぞれ違う楽器をソロとしているせいか、「この味あるソロを聴いてちょーだい!」といわんばかりに、もう目いっぱい独奏部分が用意されていて、各楽器の持ち味を最大限に活かした作りになっています。
特に第3楽章の「黙克納」、このタイトルは満族の「口弦(口琴といったほうがいいかな)」の意味なんだそうで、ハーモニクスや推拉を多用して、月琴で口弦の音色を模倣しているのですが、月琴でこんなに柔らかく豊かな滑音や吟音がだせるとは。いやあ、恐れいりました。ほんとうに楽器の事を知り尽した人ならでは。
中阮ソロの「山坡羊」。河南箏曲を移植した曲だそうですが、河南箏曲って男っぽくてとてもカッコいいですよねー。弾く音に少し金属的な雑音が混じっているのは、弦をはじく力がかなり強いのかなあ、と想像されます(・・と思います。わかんないけど)。また右手の力に負けず、フレットを押さえる左手が、まるで吸い付いているみたいに滑っていってます。決してスマートな演奏ではないのだけど、緩急の自在さがとても味があっていい。
共演の高雄市立国楽団、一部擦弦楽器の音ズレが気になったものの、打楽器パートがシャープな感じで気に入ってます。少なくとも打楽器に関しては上海の某民族楽団よりは良い人材が揃ってそうです・・・。 |
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「緑州」
王艶 (上海龍韵音楽製作公司/上海海文音像出版社)
上海民族楽団の柳琴奏者、王艶の初ソロアルバム。彼女の名前は、日記中のコンサートレポートにも度々登場するので、皆様お馴染み(になって下されば嬉しいなぁ)だと思います。彼女の最大の特徴は、透明感あふれる柔らかい音質。このアルバムでは、それを十分に味わう事が出来ます。
馮少先のアルバムにも収録されていた、「北方民族生活素描」からスタート。シルクロードの情景豊かな「緑州」、そして「漁郷新歌」、雲南の「放馬山歌」と続き、杜甫の詩を題材にした「剣器」。・・・とずっと聴いていて、選曲は悪くないんだけど、何となく「華」がないんだなあ。音色はとっても美しいし、抒情的なんだけど、いまいち豊かさに欠けるんです。
ま、もちろんナマで聴くのとCDで聴くのはすごく差があるし、特に柳琴は高音楽器だし音量がそれほど大きくないので、録音状態によっても良し悪しがすごく変わってくるのですけれど(実際CDを聴いていて、伴奏の音量がやたらでかくてバランスの悪い部分もありましたし)。
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「剣器」という曲は、うちの呉強先生の十八番。実際、呉強先生のはホントにかっこよくて、かつ先生の激しい性格にぴったりなのです。他の人が弾くのを聴いても、何となく激情が足りないような気が・・。王艶小姐もかなり頑張って激しく弾いてると思うのだけど、あの疾走感が欲しいところなのに、何となくおとなしい。
常々、彼女を舞台上で見る度、「赤ちゃん体型だな」と思ってはいましたが(顔はヤンキーなのに)、アルバムの写真を見ると、指なんかもぷっくりしてて、これがあの柔らかい音を生み出すんだなあ、と再確認。普通なら硬質になりがちな弾挑(ええと、ダウンアップのことです)のふわふわ感は、彼女ならではのもの。ただ、トレモロは起伏に欠けていて、あまり唱ってない感じ。普通なら弾挑の方が硬くなりがちなんだけどな・・。
何占豪の「花」。・・最近民楽ではこの人の曲を演奏することが多いような。試験の時も、古箏も中阮も柳琴も彼の作品を弾いてて、「なぜ?」と不思議に思いました。実は・・個人的にこの人の作品、あまり好きではないので・・。だって途中必ずクサくて大袈裟なメロディーがあらわれて、聴いててこっぱずかしいんだもん。なおかつ、この人は単旋律で作曲してるな、という印象。たぶんバイオリンとかの西洋管弦楽なら問題ないんだろうけど、弾撥楽器などの和音を奏でる楽器に関しては、全然特徴を活かしきれていない感じがします。その点、このCDでも「緑州」「放馬山歌」といった作品を提供している顧冠仁、この人のはちゃんと楽器を理解した上で作曲しているな、というのがよく伝わってきて、聴いてて気持ち良いです。
この「花」という曲も、トレモロと弾挑の繰り返しで、曲としてはちっとも面白くない。逆に奏者としては弾きこなしにくい、表現の難しい曲なんだろうと思います。実際、彼女ももうひとつ消化不良な感じです。たぶん、指揮は何占豪本人だと思うのですが、指揮が悪いのか楽隊が悪いのか王艶小姐の演奏が悪いのか、リズムといい曲の構成といいソロと伴奏が合ってなくて、かーなりめちゃくちゃ。
最後は「火把節恋歌」。最初、なんでこの小曲をトリに持って来たのか意図がわかりませんでしたが、聴いて納得。彼女の弾挑の美しさが最大限に発揮され、彼女のあまり密度の高くないトレモロも、この雲南風味の曲では素朴さに転んでいてちょうどぴったり。でもって、この曲の伴奏の管弦楽団がいい味出してるのです。たぶん、彼女もこの伴奏によって歌心が更に引き出されたんだろうな、そんな感じがしました。
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「NEW ERA〜新時代」
理査徳・克莱徳曼&中国広播民族楽団 (上海歩昇音楽文化
伝播公司)
うーん、広播楽団のは久々だなあ、と懐かしさだけで内容をよく見ずに買ってしまいました。ま、ピアノと共演してるみたいだからどーせポップス系、アレンジも電子系なんだろな、とあまり期待していませんでしたし。
私自身あまり民族楽器+電子音楽という組み合わせが好きではなく、民楽のCDを買った時も、伴奏に電子音楽が流れるのを聴くと、サーッと血の気が引き「しまったぁぁ!!
またこんなカスCDを買ってしまったぁぁ!!」と叫んでしまうクチです。特に中国のって、あまりに安っぽい、ワンパターンな電子音伴奏が多いんですもん。
家に帰り、開けてびっくり。ピアノは・・なんとあのリチャード・クレイダーマンだったのでした。漢字見ただけではピンと来なかったのです。う、うーむ、確かに面白い組み合わせではあるかも。
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でもやっぱり内容は・・西洋と東洋の融合という意図からか、曲はほとんどが中国の民歌などを再アレンジし直しているんだけど、全編クラブMIXという感じのばかり。新曲もふつーのポップスにちょっと民族楽器を使ってるっていう程度で、特に新鮮なアレンジでもないし、日本でもよく聴く手合いのモノ。こんなんで「東西の音楽が手を取り合い、"新時代"を創造する」なーんて言うなー!
手を取り合ってても、歩み寄りがあんまりないではありませんか。
二胡や管楽器類は単旋律なので、比較的合わせやすい楽器だとは思いますし、西洋のスタッフもアレンジしやすいのでしょう、さほど違和感はありません。・・といっても例えば笛の息継ぎがやたらうるさかったり、二胡とピアノが微妙に音の高さが違って気持ち悪い、なんてのはありますがまだマシ。
弾撥楽器はまるでお愛想ナシで、ピアノと伴奏の出来上がったトラックに、淡々と義務的に音をのせているだけ、という感じで、感情の動き、メリハリだとかいったものが、まったく感じられません。揚琴は比較的うまく溶け込んでいたけれど、琵琶なんて「やる気あんの?」と言いたくなるくらいぶっきらぼう弾き。柳琴も使われているらしいのですが、高音楽器の特徴を活かしきれておらず、無くても一緒じゃないかと思いました。
民族楽器の合奏を聴いたり、実際自分で弾いたりする際には、いつも「この作曲者(あるいは編曲者)は一体民族楽器の事をどう理解しているのか?」と考えます。人によっては管楽器や擦弦楽器はうまく使えるけれど、弾撥楽器に関しては配器がすごく下手だったりします。そういう曲は弾いててもちっとも面白くない。逆に楽器を効果的に使っている作品に出会うと、とてもワクワクします。
ただ、「蝉之歌」、この一曲はけっこう好きです。物売り等の話声に歌声がかぶさってゆき、人声による蝉の鳴き声の模倣など、雲南独特の不思議な音の世界に、ピアノと楽器がさりげなーく溶け込んでいく。この一曲は不自然さがなくて、なおかつキャッチャーなメロディで聴きやすい。
最後には広播楽団の十八番、「瑶族舞曲」が収録されていて、ここでやっとホッと一息つけました。・・とはいえ、実を言うと私はあまり広播楽団の「瑶族」は早くてスマートすぎてあまり好きではないのですけれど。このスタイルは彭修文以来の伝統なのでしょうが、個人的にはもっとゆったりした方が好みなんだけどな。まあでも、やっぱりアコースティックが一番ですね。打ち込み系は聴いてて疲れますわ・・。
このCDには2曲入りのボーナスVCDが付いています。1曲は「離唱」。R・クレイダーマンと、二胡を弾く女性のセリフなんかが曲中挿入されてて、この女性・・誰だろ。姜克美が弾いてるはずなんだけど、彼女こんな顔してたっけ・・?
もう一曲は前述の「蝉之歌」。これ、映像もいい感じに仕上がってます。雲南の自然と、結婚を祝うお祭りの為に着飾る女性達。色彩の乱舞。いーなあ。きれいだなあ。雲南、行きたいなあ。
久々に見るR・クレイダーマンは、ずいぶんシワが増えて年をくってはいましたが、やはりあの髪型、そしてにこやかに例の白いピアノの前に座っていました。やっぱりピアノの貴公子はトシをとっても貴公子なのでありました。 |