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モモの音楽日記コンサート感想

 
 師の演奏を聴いて 16.1.12
 

 明けましておめでとうございます。相変わらずさぼり気味のモモ日記ですが、今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 さて、先月と今月に続けて演奏会に行ってきました。偶然にもどちら共に私が師事した先生が出演されたものです。ちょっと遅くなりましたがご紹介を。

♪日中古典音楽の交流と融合 2015.12.6 於: オリエント楽友ホール♪


 
 上海音楽学院の教授である戴暁蓮老師と、東京の坂田進一先生がコラボされるという贅沢な企画。ご案内をいただき、留学前までずっとお世話になっていた民楽オーケストラの、中津にある練習場兼コンサートホールへ。

 留学中、ほんの少し古琴を学んでいた時期があり、手ほどきをして下さったのが戴暁蓮老師でした。学んだといってもあまりに短い期間だったので、老師の生徒だなどと言うのもおこがましいくらいですが。

プログラムは以下の通り。

1. 筝曲「六段」
2. 胡弓「千鳥の曲」
3. 琴曲「雁落平沙」
4. 琴歌「秋風辞」
5. 琴歌「帰去来辞」
6. 筝曲「高山流水」
7. 琴曲「瀟湘水雲」
8. 重奏「漢宮秋月」
9. 明楽「烏夜啼」
10. 催馬楽「浅水橋」
11. 催馬楽「桜人」
12. 重奏「潯陽夜月」

 それぞれ有名ながらも、なかなかまとまって聴く機会も無い曲ばかり。シブい琴曲の合間に華やかな筝曲や重奏が散りばめられ、飽きの来ない構成になっています。特に坂田先生は古琴だけでなく箏に簫に南胡に胡弓、そして解説もされるという、さすがの多才ぶりを披露されていました。

 おそらく観客の中には古琴をはじめ日本の胡弓の生の音を初めて聞いた、という方も多かったはず。生の音といえば、古琴という楽器は音があまり大きくありません。なので演奏会では大抵マイクを使いますが、この日は「古琴本来の音を聴いてほしい」という事で、坂田先生はマイク無しで演奏されていました。

 流れるような戴老師の演奏に、骨っぽい坂田先生の演奏。またお二人の琴歌も聞くことができました。普通は古琴の演奏だけで、合わせて歌う琴歌までは滅多に耳にする機会はありませんからね。

 あらためて、こんな貴重な演奏会を開催して下さった日本華楽団の皆さまに感謝です。私はといえば久々に戴老師とお会いして、たっぷり無駄話ができたことに浮かれてしまい・・・楽団の皆さまには大変失礼しました。

 部屋の隅で眠っている古琴、出してやらなくちゃ。・・・と思い、それから早や一ヶ月。未だ隅っこでぐーすか寝たままです(笑)

♪エンキ・新春を寿ぐ中国琵琶の演奏 2016.1.4 於: 秋篠音楽堂ロビー♪


 
 エンキさんは今を去ること20年以上前、私の一番最初の師匠だった方です。といっても琵琶ではなく二胡を習っていました。少しして柳琴を勧められ、しばらく二胡と二本立てで学んでいました。

 この時にエンキさんに勧められなければ弾撥楽器に触れることも無かったでしょうし、上海に留学することも無かったはず。私の人生を変えたきっかけをくれた人、といえるかもしれません。

 一時間足らずのプログラムの中で約半分が中国曲だったので嬉しかったです。懐かしの『划船曲』やら『瀏陽河』やら『天山之春』やら、もちろん『彝族舞曲』も含め、昔よく演奏されていたエンキさんのレパートリーが次々と。

 それに加え、ギャグを交えながらロック風にクラシックギター風に三弦風ほか色々と技を披露されるエンターテイナーぶり。賛否両論あるだろうけど、お客さんを楽しませるという姿勢は評価されて良いと思います。

 相変わらずのパワフルすぎる演奏(笑)で懐かしの曲を演奏するエンキさんの姿を眺めながら、中国音楽を始めた頃のハングリーな自分を思い出しました。

 思えば2001年に上海へ旅立ち、母の介護のため途中一年間の休学を経て、日本に帰国したのが2006年。その時から数えて今年でまる十年経ちました。果たしてこの十年、私は一体何をしていたのか・・・。怠けることに慣れ、無為に過ごしてきた自分が情けなくなります。

 戴老師、そしてエンキさんと続けてお会いしてその演奏に触れ、それぞれの師に学んでいた頃の純粋な音楽への気持ちを思い出しました。うん、初心にかえって頑張ろう!!

 玉三郎 昆劇合同公演   08.4.7

 三月末の話になりますが、京都南座に「坂東玉三郎 中国・昆劇合同公演」を観に行ってまいりました。
 
 歌舞伎・・というと亡くなった祖母が大好きでしたが、私の方は今まで三、四回しか観に行ったことがありません。
 
 昆劇の方はといえば、留学して一年目の頃、上海の逸夫舞台という伝統劇専門の劇場で上海昆劇団の「牡丹亭」を観た時の事を思い出します。
 
 一番安い10元(約150円)のチケットを持って二階の隅っこに座り、長時間の舞台(全幕なので休憩なしで三時間以上はありました)にお尻が痛いわ、すきま風が寒いわで、最後の方は「早く終わらんかな~」と辟易気味だった記憶があります。
 
 でももともと京劇などは好きな方で、日本にいるころからちょくちょく観に行っていました。
 
 ですので、今回玉さん(と勝手に呼ばせていただきます)が昆劇を演じられるときき、一度はナマの舞台を観ておかないと、と思ったわけです。


  京都南座
 
 桜もまだほころび始めの3月25日、京都河原町の会場に着くと、伝統ある南座の中の様子もゆっくり眺めつつ三階にあがり(はい、安い席です)、ひさびさの舞台に心躍らせておりました。
 
 幕が上がり、伴奏の楽隊の演奏が心地よく耳に入ってきます。楽隊のまわりを紗で囲ってあるところが見えすぎず隠れすぎず、で丁度いいですね。
 
 侍女の春香、つづいて主役の杜麗娘登場。所作といいセリフまわしといい非常にサマになっていて、他の中国人の出演者と比べても遜色ありません。
 
 さすが玉さん、天性の才能があるとはいえ、ここまでやってくれるとは!・・と思い、更に詳しく見ようと双眼鏡を通してみると。
 
 な~んだ、玉さんじゃないではなく中国人演者ではないですか。あーびっくりした。いくら何でも中国語が上手すぎると思った(笑)。
 
 二幕目で玉さんようやく登場。続く三幕目とほとんどセリフがありませんでしたが、たまに口を開いて出てくる中国語が。
 
 ・・漢字ひとつひとつをバラバラに、そのほとんどが一声と四声で発せられていました。う~んこれはもしかして歌舞伎のセリフまわしそのまんま?
 
 私は歌舞伎は詳しくありませんが、女形のセリフを思い浮かべてみると確かに高い音、つまり一声と、高いところから下がる四声が多いような気もします。
 
 しかしこれは昆劇、劇なので普通の標準語とは違いますがやはり中国語。もちろん日本人には完璧に真似するのは絶対に不可能ですが、それでももう少しそれらしく似せてほしかった。パンフには「テープを聞いて練習した」とあったのですが・・。
 
 唱(うた)や做(所作)についてはかなり特訓もされたのでしょう、違うとはいえ近づけようと努力されたのがわかるのですが、念(セリフ)についてはそこまで達しなかったようで残念。
 
 しかし。最後の「離魂」、ここは玉さん扮する杜麗娘が病で亡くなる場面ですが、息も絶え絶えの杜麗娘を演じておられたのが非常に良かったと思います。
 
 倒れるのも重くなく、体重の軽さを感じさせながらはかなく崩れる感じ。ふり絞りながら発する言葉、ちょっとした目線のやり方。
 
 ひとつひとつに玉さんの長年の経験の重み、深みが感じられました。昆劇だの歌舞伎だのという前に、これは「玉三郎の演技」なのでしょうね。
 
 オペラの「椿姫」なんかではヒロインが肺病で死にかけているはずなのに、朗々と声を張り上げて歌ってて悲しい場面なのに笑っちゃいますからねえ。
 
 さて杜麗娘を演じた役者さんは玉さんの他に二人いらして、どちらも男性でした。現在中国では女形はほとんどいないはず。やはり玉さんの吹き替え(?)ということでのこだわりなのでしょうか。
 
 特に「写真」の場面で杜麗娘を演じていた役者さん、声に艶があって声量も大きく(マイクのせいもあるかな~)、堂々たる演技でした。もう一人の役者さんも立ち姿が上品で、ちょっと玉さんに似てましたね。
 
 あと個人的には、花神たちが出てくる場面での花神のボス(大花神)が好みです。動きがとてもスムーズで声ののびも良く、主役級の役者さんが標準的な発音なのに対して南方訛りがあり、大花神が出てくるなり中国江南地方の香りぷんぷん。
 
 千秋楽というのもあり、終演後もアンコールの拍手の渦。何回カーテンを上げさせたことか(笑)。上演中は静かだったのにやたら盛り上がった終演後に、出演者も戸惑ってたんではないでしょうか。
 
 五月に北京公演をされるとのことでしたが、本場中国ではできればもう少しグレードアップして臨んでいただきたいところ。他の誰でもない、玉さんだからこそ、もっともっと完璧に演じて欲しい。そう思います。

 中国放送民族楽団来日公演 07.2.13

 中国放送民族楽団、中国での正式名称は中国広播民族楽団。北京では中央民族楽団と並び、数々の高名な演奏家が所属した楽団ですね。そんな彼らが来日と聞けば、これはもう聴きに行くしかない! たとえチケットが高価であっても。・・・でも7,000円は痛いわ。

 板胡の姜克美や中阮の沈非や柳琴の崔軍淼や琵琶の陳音、みんなまとめて来日するのかなあ。日本に居ながらこの楽団の演奏を聴きに行くことが出来るとは。上海に居てもなかなか機会が無いというのに(北京に居れば違うんでしょうが・・)、日本ってホントにいい国だな~。

 思えばその昔、所属していたオーケストラが1999年に北京公演を行った際、交流していただいた団体が、すなわちこの広播民族楽団。噂に高いこの楽団の面々、それぞれ独奏においても有名な方々に実際に会えるというだけで、当時はもうドキドキでした。あの頃は若かった・・・。

 演奏会当日。会場でパンフを買って・・・と。あれ。メンバーの名前に沈非の名前がないや。残念! チャンスがあれば会ってお話してみたかったのにな。もう楽団辞めてソロ活動してるんだろうか。でも崔軍淼の名前はあったし、もちろん姜克美もコンサート・ミストレスとしてトップに名前がありました。まあ彼女はほとんど楽団の顔みたいな存在ですもんね。

 曲目を見ると、お、白毛女がある。姜克美が得意の板胡をご披露するんだね。第一部はほとんどが中国の曲で、茉莉花にラストエンペラーかぁ。そして第二部はすべて西洋モノ。うーん、ずいぶん日本の観客にコビた選曲になっていて、ちょっといやな予感がするぞ・・・。

 さて、いよいよ開始。団員が入場して着席するのを見て、心中躍り上がって喜んだ私。・・・柳琴が、最前列だ!!! いつも大量の琵琶にスミに追いやられ、音はすれど影に隠れて見えない柳琴くん。それがなんと、琵琶どころか揚琴まで抜いて、指揮のまん前にいるではありませんか。

 ああ嬉しや、はっきりしっかり柳琴のチェックが出来る!と思ったのも束の間、指揮者が台に立った途端、お目当ての崔軍淼はすっぽりと隠れてしまい、かろうじて彭氏の脚の間から時折ちらちらと見えるのみ。まあでも、もう一人の若い柳琴奏者の方はばっちり見えるのでよしとするか。

 一曲目の「春節序曲」。うーん、冒頭の気迫はさすが! 気負いが感じられますねえ。おそらく広播楽団では何百回と演奏して、目をつむっても弾けるであろうレパートリーのはず・・・なんだけどよく聴いていると・・・細かいところバラバラ。一曲目なので緊張しているんだろな、きっと。

 ・・・と、温かい目で最初は見守っていたのですが、どの曲だったか、琵琶と二胡が合わせてお互いソロで入るところも思い切りタイミングはずしていたし、西洋オケならまずこんな失敗はしないだろうという、民族楽器の構造上の問題以前のポカミスが耳につきます。

 それでも第一部はお初の曲も聴けて、まあ以前の上海民族楽団(←新体制になってからは随分良くなりましたよ!!)に比べればハラハラせず楽しく聴くことが出来ました(・・・「ラストエンペラー」以外は)。でも第二部に関しては、悪くないのも多いけれど、なまじっか知っている西洋曲ばかりなので、どうしても点を辛くつけざるを得ません。

 中国民族楽器は改革の歴史も浅く、音程も不安定だし音量も少なく、その他技術的な問題もあり、独奏はともかく合奏においては西洋楽器に劣るのは仕方の無いことです。でも、だからこそ、楽器の編成を工夫するとか、選曲の際にもっと配慮が必要ではないでしょうか。

 特に西洋オケの楽曲を演奏する場合、パートの割り振りの際、管楽器や擦弦楽器はそのまま似たような音の高さの楽器に移行し、では民楽オケの特色である弾撥楽器はど するかというと、管楽器や擦弦楽器に割り振りしきれなかった残りのパートをそのまま当てている・・なんてことも珍しくありません。

 弾撥類は点の楽器ですし個性もきついですから、各楽器に西洋楽器のように単純に和音を割り振っても、美しいハーモニーになりにくいように思います。ですので他の線の楽器につなぎの役目を担ってもらうとか、点は点同士大きな塊りにして独自の厚みを持たせてやるとか、トレモロにして線につないでやるとか。またリュート系の琵琶や阮、柳琴等は四弦あるのですから、単弦で使うよりも和弦で使えば音量が四倍になり厚みも増すので、逆に打楽器のような役割を持たせるとか。

 でも実際は、それぞれの曲に本来あるべき効果やハーモニーなどが考慮されず、バランスの悪いまま。編曲者も指揮者も、これでは具合が悪いなと思ったら途中であっても編成や楽譜に変更を加えるべきではないでしょうか?特に指揮者は、曲の持つ魅力と、同時に演奏者の持つ能力を最大限に引き出してやるのが役目ではないでしょうか。

 そういう意味では、香港中楽団の独自の視点での試みは成功していると言えると思います。まず楽器の改革から行い、個性を抑えることで、まろやかな、西洋オケのような響きを追求していますね。ちょうど彼らの、男女の区別なく紺一色の長袍のユニフォームから見て取れるように、楽団全体が一つにまとまっていて、聴きやすい演奏には定評があります。楽譜も色々工夫しているのかな。とても知りたいです。

 ただ、香港中楽団は個性を抑えすぎて、個人的にちょっと物足りない感じもするので、他の楽団にはもう少し各楽器の良いところも発揮して欲しいところ。なかなか難しい課題だと思いますが、民楽の発展の為にもっともっと色んな試行を重ねてもらいたいと思います。

 楽団員も世代交代が激しく、どこの楽団もどんどん若返りが進んでいます。熟練の味わいも捨てがたいけれど、若手は技術的には昔の世代よりちゃんとしているので、少なくとも正確さにおいては改善されていくことでしょう。十年後の民楽オケがどうなっているか、とても楽しみです。

 ところが後日、ゆっくりパンフを読んで・・・あれれ。楽器の解説コーナーで、柳琴の読みがなが「ようきん」とあったのは、まあお愛想で許してあげるとして、阮の解説、なんだこれは!!!

 「右手の指使いに弾、挑、・・などがあるが、左手は弦を押さえるだけで、他の技法ない。」・・・ちょっと何コレ!!何をふざけた解説書いてんねん!! 阮だって打、帯、滑、推、拉、吟、揉、[手へんに數]等、琵琶にある奏法はひととおり全部あるんだ(一応絞弦だってあるんだよ)!! ばかにするなぁぁ!!

 ちなみに琵琶の解説欄には、本来右手の奏法であるものが左手の奏法の中にあったりして、この欄を執筆した担当者のいいかげんさが知れるというもの。二胡の解説でも「千斤と呼ばれる馬の尻毛を張った弓が・・」んん!? こんなデタラメをこんな公式パンフで堂々ともっともらしく書くと、皆信じちゃうでしょ!! パンフレットの編集者はもっと責任を持って欲しいものです。ったくもう 。

  閻恵昌がやってきた 05.8.22
 あと1年学びます・・よろしく

 8月。上海は・・・暑い。そう、私はまだ上海に居ます。本来ならばこの夏で留学を終えて帰国するつもりだったのですが、途中休学を挟んだせいもあり、まだまだ学び足りない思いが強く、かねてより申請していた奨学金の期間延長が通ったので、9月からもう1年だけ上海で学べることになりました。今度こそ笑っても泣いても最後の1年、気合いを入れて頑張りたいと思います。

 で、新学期は9月から始まるはずなのですが、ビザの延長手続きの関係上、7月末までに上海に戻る必要がありました。どのみち日本に居ても毎日だらだらするだけだし、早めに戻って思う存分練習するぞ!・・と意気込んでいたものの、パワー全開の結果、疲れて高熱出して長いこと寝込んでおりました。え~んおバカ。

 さて、上海では「上海の春国際音楽節」他、いろいろ演奏会が開催されており、私もちょくちょく聴きに行ったのですが、例によって日記をサボっているうちにネタがどんどん古くなり・・・でもこの演奏会だけは絶対レポートしなくっちゃあ。というわけで今回はわが上音の民族楽団のレポートです。


「華夏之根・大型民族交響楽」 2005. 5. 15&20  於: 賀緑汀音楽庁

 華夏とは中国の古称です。「華夏之根」、つまり中国のルーツ、それは山西省より発す。というテーマに基づいて国家(自治体かな?)プロジェクトが組まれたようで、山西省にゆかりのある五人の作曲家達がこの演奏会の為にそれぞれ作品を書くという、とても贅沢な企画であります。

 上音の学生で構成された民族楽団「上海音楽学院青年管弦楽団」、わがオドノちゃんも後方ではありますが二胡で参加しております。以前は週に一度三時間くらいの練習だったのが、今年から急に週に二回、長時間になって疲れるわ~とぼやいていましたが、これにはわけがあったようです。

 楽団には戴路青という常任の指揮者がいますが、この老師、西洋音楽の出身なので民楽に対する造詣が深いとはいえず、例えば笛子がちょっと音程を外すと「そんなんで音楽学院に入ったのか」と怒鳴ったりといった調子で、学生達からはあまり好かれていません。学生達もあまりやる気がないし、レベルもはっきりいって北京に負けてるで~という感じであります。

 「華夏之根」演奏会はまず北京の中央音楽学院の楽団が初演、その際学院の専任指揮者の他にもうひとり、香港中楽団の指揮者・閻恵昌が担任していました。そして今回上海での演奏会のために、この閻恵昌が上音にやってきたのです。なるほどね。そうそうたる作曲家や指揮者の手前、上音楽団も恥をかかないようにめいっぱい練習させてたわけです。

 スマートな閻恵昌、女学生の熱い視線

 閻恵昌。現香港中楽団芸術総監かつ首席指揮者。かつて上海音楽学院卒業後、北京の中央民族楽団やらあちこち歴任していましたが、現在は香港で確固たる地位を築いておられるようです。Y老師いわく、「アイツは学生時代ゴーマンな奴だった」らしいですが、今はとてもスマートな、自分を演出するのがとても上手い人だなあ、という印象を受けます。

 楽団練習における閻恵昌。これはオドノちゃんが毎日面白おかしくレポートしてくれてましたので、それをご紹介しましょう。

 学生達はこの有名な指揮者を前に緊張気味。ナイスガイ閻恵昌、動作ひとつひとつに女の子達の熱い視線が集中します。自分でも意識しているのでしょう、キザっちいとも言える仕草や話し方、「でも彼がやるとわざとらしくなく魅力的なのよね~」。

 例えば練習に熱が入り上着を脱ぐ、その動作がまた俳優のごとくもったいぶっていて、女の子達はキャーキャー騒ぐそうな。「・・・また脱いだ!!」そう、5月はすでに夏空、はじめからTシャツ一枚で来ればいいのに、わざわざ毎日中国式上着を羽織って毎日脱ぐ閻恵昌も閻恵昌(笑)。そして女の子達もいつもより美しく装って、彼の目に留まるべく(?)用もないのに前をうろうろするらしい・・・。

 当然男の子達は面白くなく、練習中、ちょっとしたことでわざと突っかかってみたりしますが、そのあたりは人生経験豊富な中年男性、うまく丸くおさめつつきっちり演奏上の要求も通し、学生達を心服させてしまうところはさすが。

 演奏会舞台には大型スクリーンが設置

 この演奏会、上海でも場所を変えて数回開かれましたが、初日と千秋楽は上音校内の賀緑汀音楽庁にて行われました。初日はオドノちゃんが、千秋楽のは民楽系事務所の同学がプレゼントしてくれました。・・最近この民楽系事務所に行くと、運が良ければ演奏会のチケットが手に入ったりするので、足しげく通ってます(笑)。上海民族楽団のとか民楽とジャズのジョイントとか学生の卒業演奏会とか色々もらっちゃった♪

 そして演奏会初日。舞台上部には大型スクリーンが設置され、黄河文明の発祥より現在に至るまでの過程の映像がアナウンスと共に映し出されながら、曲が挿入されて行きます。

  リハーサル風景

 初日がすばらしい緊張感

 序: 「尭天舜日」作曲: 景建樹
 「土員(けん)」のソロで静かに始まり、緊張感のあるリズムと和音が続いていきます。そして途中に天の声のような児童コーラスをはさみ、徐々に盛り上がって、最後にクライマックスを迎える。・・・尭、舜といえば伝説の聖王であり、彼らの治世時人々は質素ながら心豊かに暮らしていたといいます。力強く生きる彼らへの讃歌、といったところでしょうか。

 初日、彼らみんなすごく緊張していたようですが(私も一緒に緊張してました)、それが良い方に転んで、ぎっちり詰まった内容の濃い演奏を聴かせてくれました。特にこの一曲目。初日は戴路青が、千秋楽は閻恵昌が担当したのですが、初日の高揚感が千秋楽にはなく、開始からクライマックスに至るまでの細部や盛り上げ方、またクライマックスのボルテージ、すべてがぼやけてうすくなっていたように思います。

 1: 「鹽池労作圖」作曲: 韓蘭魁
 同名の明代の石刻に着想を得て作曲されたもの。塩を作る労働者達の号子(掛け声)の軽快なリズムに乗って、単調な繰り返しを重ねながらも、各楽器の特徴がよく表されている作品です。いつまでも旋律が頭の中でぐるぐるまわって離れないよ・・・。

 2: 「晋国雄風」作曲: 張堅
 山西省のあたりは春秋時代に晋の国があったところ。群雄割拠の時代、互いに覇権を争い戦火が絶えませんでした。はためく戦旗、馬のいななき、剣をうちかわす音、こういう勇壮な曲ではスオナーに打楽器が大活躍。そして閻恵昌も馬のいななきの場面では自ら手綱を引く仕草をし、ムードを盛り上げておりました。こういった曲では演技のうまい閻恵昌の本領発揮、という感じですね。同学達とよく彼のDVDを見ながら、手法を真似するのが一時流行って(?)いたものですが、この曲のラスト、やっぱ り出たぁいつもの決めポーズ!!う~ん、かっこええなあ。

 3: 「雲崗印象」作曲: 程大兆
 山西省の大同は、雲崗石窟で有名な都市です。雲崗石窟のあのどでかい仏像とちょっとコワい眼。北魏の仏像って何でみんな大味なんだろう・・。なんてことはさておいて、この曲中、宗教色濃く木魚や鐘系の打楽器が多く使われているほか、掌を打ち合わせたり、石を鳴らしたり、指をパチンといわせたりと、ちょっと新鮮な道具(?)の使い方が印象的でした。しかもそれは皆石窟の飛天塑像の動作から採ったものだそうな。石窟の映像とあいまって、広大さを感じさせる曲。でもちょっと長いので途中ダレてしまったかな・・。

 4: 「晋商情懐」作曲: 景建樹
 およそ雀の飛んで行けるところ、山西商人あり」・・なんてマルコポーロは述べているそうですが、晋商は商売上手で有名だったのかな。この曲、なにが面白いって、閻恵昌が舞台に出てまず取り出すのがでかいソロバン。おもむろにパチンパチンやり出し、どう?ってな感じで尋ねると、二胡が「う~ん?」と唸り、さらにパチンパチン。こんなユニークなイントロで始まり、以降もソロバンが会話の道具として使われ、途中タップダンスよろしき四塊瓦との丁々発止の掛け合いがあったり。これは指揮者に相当の演技力を必要とされますねえ。曲そのものは特に目新しい想法があるわけではありませんが、即興性の強い、小気味の良い楽しい曲で、観客には大ウケでした。

 二胡ソロで首席位置の変更

 5: 「古槐尋根」作曲: 趙季平
 静かに静かに、囁いているかのようにそっと二胡のパートが始まります。やがて徐々に力強さとハーモニーが加わり、起き上がっていく。この細雨が降るような、モノクロームの映像を想起させるしっとりとした旋律にかぶさり、途中挿入される打楽器やスオナーの効いたリズミカルなフレーズは、過去の楽しい日々を感じさせ、そこだけ鮮やかな色彩が加わったよう。小品ながら、あたかも映画のワンシーンを想像させる、抒情的で色彩感覚あふれる佳品で、私のイチオシであります。趙季平はよく映画やドラマの音楽を担当しており(確か「大宅門」や「覇王別姫」も彼の作品ではなかったかな)、視覚的な要素が感じられるのもそのせいかもしれません。

 途中、二胡のソロが入るのですが、このソロを担当したのは4年生のYさん。これにも色々いきさつがありまして(笑)、舞台での座る位置、本来ならW老師の生徒Zさんが二胡首席の位置に座っており、ソロを弾くはずでした。Yさんはとても上手いのですが、彼女はW老師の生徒ではありません。演奏の上手下手だけでなく、老師の地位も順位に反映されるので、地位の低い老師の学生は前に出ることが難しいのです。学内での練習時はずっとZさんがソロを弾いていたらしいのですが、閻恵昌はZさんの演奏を聴いたあと、他の生徒にも試しに弾かせてみたところ、Yさんの演奏が良かったので即、座り位置変更となったようです。ちょっと胸がスカッとする話ですが、実際プロの世界は厳しいですね・・・。

 閻恵昌の指揮はドラマティック

 尾声: 「黄河暢想」作曲: 程大兆
 中国といえばやっぱり黄河。特に北方人の心にはいつもあの奔流が渦巻いているのでありましょう。実は会場に入場する際、観客一人一人に配られた物がありました。手鏡のように柄のついた太鼓で、横から出たヒモには玉がぶら下がっており、まわすと玉が太鼓の面を打つ。・・そう、いわゆるでんでん太鼓です。この曲が始まる前、閻恵昌がまず我々観客に打つ練習をさせました。「四拍子ー!」バラバラバラバラッッ。「二拍子ー!」バラバラッッ。・・てな感じです。楽しいなあ、視聴者参加の曲かぁ。

 開始からガツーンとめいっぱい張り上げ、リズムを強調しながらやがてゆったりとした流れに。だんだんと激しさを増し途中に女声高音がかぶさり・・・おっと!我々の出番がやってきました。振る振る、喚声も加わって舞台と観客が一体となり、ラストに「ヘイ!」の掛け声。これじゃ盛り上がらない方がおかしい。拍手代わりに皆太鼓を鳴らし、それはずっと長いこと鳴り止むことなく続きました。普通中国の演奏会って、終わりがもうひとつ中途半端というか、だらだらっとしているものなのですが、今回だけは皆立ち去ろうとせず、この日の記憶を胸に留めようとしているかのようでした。いやあ、いい演奏会だったなあ。

 閻恵昌の指揮は、手法がとても豊富。演技ともとれるほどドラマティックな動作も多い。そして他の人に比べ、民楽特有の情感を引き出すのがとても上手い。西洋音楽よりもどろっとした、不安定な要素ともいえる、ゆらぎみたいなもの、その密度の大小を全身で表現して、微妙なニュアンスもわかりやすくはっきり示しているように思います。彼の指揮する姿そのものがすでに楽器の一部、音楽の一部なのですね。

 でも前に書いたように、千秋楽では指揮者も演奏者もへんに慣れてしまって、安定するどころか弛みっぱなしの演奏でありまして・・・特に管楽器系の音程はずしはすごかった! 閻恵昌も初日ほどノリノリではなく、ソロバンの掛け合いも短くそこそこ。まあでも最後には作曲家の先生方が舞台に勢揃いし、豪華な千秋楽を迎えたのでありました。来年の上音の演奏会はどんなかな~楽しみであります。

 モモよりプレゼントとお知らせ

  でんでん太鼓
 演奏会で使用していたでんでん太鼓、ご希望の方2名様にプレゼントいたします。・・といっても申し訳ありませんが、私が直接お渡しできる方に限ります。のでモモのメールアドレスに直接ご連絡くださいませ。

 10/10(祝)・西宮アミティホールにて行われる、オーケストラ華夏第9回定期公演に、モモも助っ人参加しています。ぜひ聴きにいらして下さいね♪ 詳しくはオフィス・エー演奏会情報をご覧下さい。

  上海民族楽団の演奏会 05.3.28

 上海民族楽団之 "春" 音楽会 2005.2.23 於: 上海音楽庁

 75年の歴史を誇る上海音楽庁。都市再開発の為、移転を余儀なくされたのですが、この歴史的建造物を解体せずに建物ごと持ち上げ、60mほど移動させることになったとかなり前にニュースで紹介していました。一年前、私が上海を去る前にはまだ移動中でしたが、去年にリニューアルオープンしたようです。以前の古くすすけた仄暗い雰囲気も味わいがあって好きでしたが、リニューアルされた音楽庁もそれはそれでなかなかに美しく、まわりの人民公園の緑とマッチして、上海の新しい観光名所となっているようです。

 新しくなったのはとても喜ばしいのですが、そのせいで昔はとても安く買えていたチケットが、今や最低でも80元! ビンボーな私には痛い出費であります。しかも昔と違ってダフ屋があまり投げ売りしてくれないんだよなあ。結局この日は180元のチケットを80元で購入しました。どーせ座席なんてほとんど無視だから一番安いチケットでいいのにさ。しかも内容の無い三つ折りパンフが10元もする! 頭に来るで、ぷんぷん。


  新しくなった上海音楽庁

 テーマは春です

 新春(中国の今年のお正月は2/9でした)演奏会ということで、今回のテーマはずばり「春」。タイトルに"春"の文字がつく曲、もしくはお正月の曲ばかりで構成されていました。

 まずは盧亮輝作曲の合奏「春」、男声独唱による「春天里来百花香」と『智取威虎山』より「迎来春色換人間」。ん、何だか楽団の演奏者の人数少ないなあ。音楽庁の舞台が小さいからなのか、はたまた他のメンバーが別の演奏会に出演しているのか。中堅どころがごっそりいなくて、寂しいなあ。これはこれでまとまってて良いのですが何となく厚みがなくスカスカ・・・。

 次は史暁蕾の演奏による琵琶でお馴染み(とわざわざことわったのは、元々はルワーブというウイグルの弾撥楽器のための独奏曲だからです)の名曲、「天山之春」。あれ?昔は琵琶の独奏といえばいつも周韜さんの役目だったのに、若者に独奏の座を譲ってしまったのかな。まあ若く美しい女性の方が舞台映えするといえばその通りなんだけど・・。確かに所作も表情も美しく、演奏もソツが無い。でももうひとつパッとしないように感じたのは、伴奏なしの全くの独りだったからなのか、あまりに演奏がフツーすぎたからなのか・・。

 伴奏が気になって

 笛子の独奏、「パミールの春」。わ~いウイグル調の曲だ。伴奏は小楽隊編成で、思わず手鼓の手元に注目。というのは以前この曲に手鼓で伴奏させてもらったことがあるので、知らず知らず手が動いてしまうのです。この曲、すごく速いバージョンやゆっくりバージョンがあって、今回は速いバージョンでした。最初の7拍子の部分が皆さんちょっとしんどかったようで、今いちリズムにのり切れずふらふらしてました。

 で、後半の更に速い部分の伴奏、揚琴に琵琶に中阮と弾撥楽器がすべて後打ちにまわっていて、前打ちのチェロとリズムが噛み合わず、ハラハラしっぱなしでした。せめて中阮か揚琴に前拍と後拍のつなぎをしてもらえばバランスもよかったのに。伴奏といえど楽器の配置で良くも悪くもなることを実感させられました。伴奏ばかりが気になって肝心の笛子の独奏、あんまり聴いていませんでしたが・・・よかったのかなあ?

 王艶による柳琴独奏で、「春到沂河」。うわ~何だかストレートな選曲だな。柳琴といえば真っ先に浮かぶのがこの曲ですもんね。ちょっとひねって「春天」とか「春情」とか「節日的拉薩」とか聴きたかったところですが・・・。でもよく知られた曲のせいか、伴奏との息もぴったりで、とても安心できた演奏でありました。

 聴衆のマナーも少しは改善

 次はスオナーの独奏で「正月十五閙雪灯」。演奏者は胡晨韵。プロフィールを見ると、1999年に上音卒業とある・・ということはL老師(=この曲の作曲者)の学生でしょうね、きっと。音こそまだまだ艶っぽさが足りないものの、吹く時の仕草がもうそっくりL老師そのままで、ちゃんと聴かせどころ、見せどころも心得た演出でありました。観衆の拍手鳴り止まず、アンコールまでありましたよ。アンコール曲はというと、これまた客受けする「打棗」で、老若男女の声音を愛嬌たっぷりに吹き分け、これまた拍手喝采。うーん、まだ若いのにツボを心得ているのが偉いなあ。

 最後の独奏は段皚皚で二胡協奏曲「春江水暖」。馬暁輝去ってのち、彼女はすっかり楽団の顔となりましたね。技術的にも表現的にも文句なしの演奏。・・なんだけどすごく眠たかったよ~あまりに標準的というか、もうちょっとオーラが欲しいというか、ドキドキさせて欲しい気もする・・って贅沢な望みでしょうか。とてもしっかりしたものを持っている人なので、個人的には応援しているんですけどね。

 今回の演奏会は、若手の披露会って感じでありました。彼らに活躍の場を与えてあげるというのは、彼らの将来の為にもとても良い企画だと思います。観客としては同じ料金を払うにはちょっと物足りない気もするけれど。まあどんな名演奏家も昔は若手だったのですもんね。これからもどんどん場数を踏んで大きく育っていってほしいと思います。

 ちょっといいこと。過去の演奏会レポートでもずっと言ってた、中国のひどい演奏マナー。これがずいぶん改善されていて、今回騒ぐガキもおらず、かなり静かでした。ひどかったのはただ一人、途中で入って来て私の隣に座ったおっさん。演奏中にもかかわらず、「今何曲目だ」とか「ちょっとプログラム見せてくれ」とかうーるさいうるさい。腹が立つので「静かにして」と言ったら、休憩以降どこかに去っていきました。プログラムが見たかったら自分で買え~っ!!

 【コンサートレポート】 04.2.2
 何だか今年(あ、もう昨年ですね)の秋以降はSARS期の反動か、結構民楽系も演奏会が多いような。我々民楽を学ぶ者にとっては嬉しい事ですが、お金が・・・。ちょっと(いや、かなり)遅くなりましたが、順にレポートしていきます。

 満庭芳・中国古代四大美女主題音楽会    2003.10.28  於: 美琪大劇院

 久々の上海民族楽団の演奏会。同学達と「どーする?」「チケット結構高いよねー」「いや、上海民族楽団の演奏は次いつ聴けるかわからん。毎回、ひょっとするとこれが最後の演奏かもしれんと思いつつ行くんだ(皆笑いながらも一斉にうなづく)」←冗談とは言い切れないところが何とも・・・。

 この日のラインナップ。
 「西施」作曲・徐景新 二胡独奏・邵琳 
 「王昭君」作曲・顧冠仁 琵琶独奏・秦毅 
 「貂蝉」作曲・王建民 古箏独奏・羅小慈 
 「楊貴妃」京劇"貴妃酔酒" 演唱・史敏
 
 ご覧の通り、中国古代の四大美女をテーマに作られた曲を演奏するというもので、企画としては悪くない。各曲の独奏者の4人もすべて美しく若き(かな~)女性。上海国際芸術節の一環であるせいか、舞台にもとてもお金がかけられていた様子で、舞台の前には牡丹の花(写真のプログラムの絵柄です)をプリントした紗の幕がかかっていて、背後にも同じく古詩と花の絵が描かれており、視覚的にはとても美しい舞台でした。
 
 1曲ごとにまず各美女がテーマの古詩が朗読され、紗の幕が上がって楽団の登場。1曲目の二胡独奏者・ 邵琳は楽団ではいつもは高胡パートにいますが、上は閔恵芬や馬暁輝の人気に押され、下からは段皚皚の実力に追い上げられ、独奏演員であるにもかかわらず独奏の機会が少なくて不遇なヒト、という印象があります。

 初めの「西施」という曲、何だかとってもあの「梁山泊と祝英台」を想起させる曲でありました。導入部やクライマックス部に「梁祝」の変奏っぽい旋律が何箇所も出て来て、曲の構成も伝統的というか普通っぽいし、特に「おおこれは」という新しい発見もない。

 でもって独奏はちょいちょい音をはずすし(まぁよくあること)、楽団は楽団で、独奏者が一生懸命ソロ部分を弾いた後を受けて楽団がかぶさっていく部分、当然ここは激しく熱っぽく入るべきであろうと思われるのに、遠慮がちにヘナヘナ~っと演奏していてスカを喰らわされるし(それも1ケ所じゃないのです)、しばらくぶりの演奏会で緊張してるんかい?という感じでした。

 2曲目の「王昭君」。上海民族楽団では琵琶の独奏がある時はいつも周韜が担当していますが、今回は「四大美女」ということで男性はおよびではなかったのでしょう(そういえば楽団の琵琶奏者はなぜか揃って全員男性なんだけどこれって差別?)、音楽学院の学生である秦毅を起用していました。彼女は琵琶と作曲、2つとも同時専攻しているというすごい人なんであります。

 独奏者入場・・・何だかヨロヨロとぎこちなく歩くなあ、と思って見ると、美しい水色の衣装の裾からはヒールだけでなく前も6~7cmはあろうかと思われる、以前日本でも流行ったすーごい厚底の黒々とした靴がちらり。うわぁーカッコ悪~! 立ったままならともかく、座って演奏するんだから背の高さなんて気にせずに堂々としてりゃいいのに。

 この曲になると、楽団もだんだん緊張がほぐれてきたようで、数カ所のハラハラを除いてはまとまっていたように感じました。第一段の「塞上曲」みたいな慢板(修養が足りないもんで知らない古典風琵琶曲はみな同じに聴こえてしまう)の、二胡(この時は段皚皚が弾いていた)との掛け合いもとても気持ち良く、たっぷりと聴かせてくれました。快板では一部ソロが走り過ぎて伴奏と大きくずれたりしていましたが・・。

 3曲目の「貂蝉」。これは古箏と洞蕭、および数人の打楽器のみの小編成。王建民の曲ってどれも雲南系の音楽に聴こえるのは私の思い込みってもんでしょうか・・・。この曲もちょっと不思議な和音使いで、彼独特の美しい旋律が展開されており、少人数のシンプルな構成が、大合奏の曲の中にあって逆に新鮮な効果をもたらしていました。古箏ってやっぱりいいなあ・・。

 また洞蕭と古箏のからみあいがとても良かった。一般に管楽器って他の楽器と違い、息の具合で音の開始が少し遅れがちですよね。アジア人って肺活量が西洋人より小さいのか、音の頭がきれいに決まりにくいような。特にスオナー、洞蕭なんかはプロの演奏を聴いても時々気持ち悪いことがあります。でもこの日の洞蕭、そういうのを感じさせず、古箏との息もすごくぴったりで、入るべきところに自然に入っていたように感じました。

 最後は上海京劇院の看板役者、史敏。といっても有名な「貴妃酔酒」のくだりを単にオケ伴奏バージョンで唱いました、というだけのモノなのですが、人気役者だけあって華がありますねー史敏は。特にこの楊貴妃の衣装ってすごくあでやかで美しく、国際芸術祭の中では外国人受けするだろなぁ・・。拍手も一番多かったような気がします。

 しかし最近パンフがやたら高い! 5元もする! のに演奏者の紹介とか四大美女に関する説明とかで、私が欲しいのは曲についての解説なのに、それについては1行も説明なし。残念。



 東方魅力・女子楽団音楽会   2003.11.8  於: 美琪大劇院

 巷では女子十二楽坊がすごい人気でありますが(上海はそーでもない)、その人気にあやかるべく(?)中国でも女性アンサンブルがあちこちに大量発生している模様。まあね、「どこの馬の骨とも知れない12人よりゃ、あたし達の方が実力もはるかに上よ」ってなもんでしょう。

 この東方魅力女子楽団、馬向華(二胡)、袁莎(古箏)、王瓏(揚琴)、李佳(琵琶)、李暁潔(笛子)の5人編成。特に前の3人は、各々独奏者としてもすでにあちこちで活躍していますし、知名度もとても高いですよね。そんな彼らがアンサンブルを組むとどうなるかな、と興味しんしんだったのですが・・・。

 プログラムには、伝統経典・名歌金曲・新創佳作の三部構成云々とあります。「江南音韵」や「漁舟唱晩」、「春江花月夜」等の合奏や「月儿高」「十面埋伏」「牧歌」「蕉窗夜雨」他各人の独奏による伝統曲が大部分を占め、あと「明月千里寄相思」や「天涯歌女」といった老歌、つまり流行歌でちょっと耳休めをさせつつ、譚盾による「双闕」なんかの現代曲もさりげなく交えて・・という、個人の技量を存分に発揮させながら、伝統を保守しつつ商業性も意識している戦略がうかがえる選曲になっていました。
 まず1曲目の「蘇堤漫歩」。舞台上手からしずしずと、狭っ苦しい移動舞台に乗って5人が登場(写真参照)。なんか落っこちそうだな・・。皆さんおそろの満族風衣装でまとまって・・・いたのは衣装のみで、実際の演奏の方はといいますと、マイクの音量バランス最悪でありまして、やたら二胡の音ばかりが目立ち、逆に一番通る音であるはずの笛子が全然聴こえてこない。

 おまけに全体的に音量が大きすぎ、聴き苦しい事この上なし。これ最後までそのままで、ちっとも途中で改善されなかったのです。演奏会、民楽は特にこの音質調整で良し悪しが決まる事も多いってのに。スタッフ選びの時点でこの演奏会は失敗したも同然でしたね・・。
 
 合奏だと聴いちゃおれないほどのひどさでしたが、独奏だと人数が少ないので比較的マシに聴けました。今回のプログラムでは、古箏の袁莎が結構出場回数が多かったように思います。
 この人は中央音楽院在学中から既に教学VCDを出したり、コンクール総なめにしたりと、かなり有名な新人です。ダイナミックかつドラマチック(悪くいえば大袈裟)な弾き方をする人が多い最近の古箏の新人の中では、結構さらりと自然な感じの演奏スタイルを保っている人ですね。伴奏では主奏の邪魔にならず、でもしっかりツボは押さえてあって、合奏の中でうまくリードをとっているな、と思いました。普通なら揚琴がその役目を担うのだと思うのですが、ちょっと王瓏では役不足な感じ。

 役不足といえば笛子の李暁潔。音が弱いのはマイクバランスのせいだと思っていたのですが、巴烏の独奏でも伴奏にかき消されて全然音が聴こえない。今回一緒にいった笛子を学ぶ香港の同学に聞いてみると、「確かにマイクの問題もあったけど、あれは呼吸法がよくないんだ。ちゃんと吹いていれば、ちゃんと聞こえるはずだよ」とのこと。うーんやっぱりね。

 
 途中何度も衣装替えがあったのが、やはりビジュアル重視という感じ。そして後半、大音量でガンガンに鳴らしたMIDI伴奏の中、ラメのタンクトップをまとって登場した彼ら、もう十二楽坊そのまんまではありませんか(これも写真を見てね)。 前半のステージと違って乱舞するライティング、立奏する揚琴、十二楽坊に比べりゃおとなしいもんだけど、それにしても・・・。
 
 確かに中国、特に新しいもの好きの上海では、民楽が苦しい立場に追いやられているのは事実です。実際、上海民族楽団の演奏会などは毎回チケット投げ売り状態だし、伝統を守るだけではやっていけず、新しい方向性を模索している過程ではあります。でもだからといって、十二楽坊がヒットしたからとそのまま同じ路線を突っ走っていくのではなく、 もっと独自のスタイルを作り上げないと、所詮は一過性の流行だけで終わってしまうのではないでしょうか。このグループはレベル的にもまあまあだし、もっと色んな可能性があるのではないかと思うのですが・・・。
 

 【コンサートレポート】 03.11.21
 芸術の秋。新学期が始まってから立て続けに3つもの民楽コンサートを聴きに行く機会がありました。演奏会の少ない上海では貴重な機会でありまして、まとめてレポートさせていただこうと思います。

沈貝怡・柳琴独奏音楽会  2003.9.14  於: 黄浦区青少年活動中心

 ま、これは演奏会といってもプロのではなく、プロの卵。彼女は附属小学から附属中学(ちなみに中国でいう中学とは、高校も含まれます)を経て、今年上音に本科生として入学した、呉強老師の秘蔵っ子。一昨年も「上海の春」の附属中学の演奏会でトリ(柳琴でトリってすごいよね)をつとめていた、実力派でもあります。

 「協奏曲専場」とサブタイトルがついているだけあって、演奏曲は協奏曲ばかり4曲のみ。前半2曲はピアノ伴奏のみ、後半2曲は少年宮の楽団の伴奏で、指揮がなんと夏飛雲。夏飛雲は呉強老師の指揮の師匠なので、演奏会に箔をつける為に有名どころをゲストに呼んだのですな、きっと。

 まず王恵然の「江月琴声」からスタート。白居易の詩「琵琶行」を題材にしたこの曲には、特に意識して琵琶の奏法を取り入れてあります。でも柳琴でそれを表現するのは、とても難易度の高い技。しかし彼女は確実な技術をもって、非常に正確にこなしていました。

 2曲目の、新彊風味の「心中的歌」。プログラムには"初演"とあるけれどこの曲、すでに柳琴の考級曲目集に収録されてるんだけどな。柳琴套曲「四韵」のうちの一曲とのことですが、個人的に結構好みの曲なので、機会があればまとめて全曲聴いてみたいものです。

 休憩を挟み、この演奏会の為に朱暁谷に依頼した新曲、「望月婆羅門」。うーん。インドっぽい、良く言うとエキゾチックな、悪く言うとちょっと俗っぽい曲調。途中、柳琴から中阮への持ち替えがありましたが、彼女の中阮も「柳琴の延長線上」程度のモノだったので、取り立てて大きな変化も感じられず、意味なかった気がします。特に後半はなんだかトレモロばっかり延々続き、「まだ終わらんのか~」とちょっと退屈でした・・。

 そして最後はお馴染み「北方民族生活素描」。またこの曲かよ、と思いつつも気持ち良く聴いてしまうのでありました。ソロも楽団もとても慣れている様子で、やや硬さを感じた新曲と違い、ノリもよく皆さん楽しそうに演奏していて、あと味すっきりで演奏会が終了しました。

 彼女の技術はすごい。しかもリズムにしろトレモロの緻密さにしろとても正確で、焦って乱れがち(柳琴奏者にはとても多いパターン)な部分もうまくコントロールしていました。ただ難を言えば、安定しすぎていてやや面白味に欠けるのも確か。呉強老師には、もうひとり秘蔵っ子がいて(たぶん来年上音に入学するはずですが)、彼女は不安定な要素も少しあるけれど、情感豊かな演奏をする。なかなか両立しないものだなあと思います。

 老師のお宅で彼女がレッスンを受けているところに出くわしたことがあります。その時に新曲「望月婆羅門」の楽譜読みをしていたのですが、それが演奏会の一ヶ月前。その時には楽譜を追うのみで、全然出来上がっていなかった様子でしたが、それから一ヶ月でちゃんと仕上げて自分のモノにしている。卵とはいえ、プロはやっぱり大したもんですね。

 今回の演奏会、入場無料だったので、同学達および日本人の知人と一緒に聴きに行ったのですが、「柳琴って一生懸命忙しく弾いてて頑張ってる割に、音域が広くないし表現の幅がいまいち豊富でない楽器ですね」と言われ、なんだか哀しくなってしまいました。正確に言うと、音域が狭いからではなく、音域は十分にあるけれど高音だから狭く聴こえるんだと思うんだけど。楽器自体の表現力については確かにその通りかもしれません。でも、だからこそ、表現しやすい他の楽器に比べ、もっと色んなことを考え注意して弾かなくてはいけないのだと改めて考えさせられました。

 彼女が演奏会に使用していた楽器、呉強老師のものを借りていたようです。そーいや去年も試験の時に別の学生が同じように老師の楽器を借りて弾いていたっけ。老師の楽器は特別いい音がするので、ここぞという時には皆借りに来るらしい。そのせいかどうか、音色だけでなく、動作や陶酔の表情まで師匠が乗り移ったかの如くそっくり。ビジュアル系の師匠からは曲だけでなく、表演の指導にもさぞかし熱が入っていたのだろうと想像されます。

 新学期が始まると、1年生の内部演奏会が毎年行なわれるのですが、その時にも彼女は他の同学に比べ、技術だけでなく曲の処理の完成度についても群を抜いていました。でも独演会の時に比べてちょっと集中力に欠けていたかな。ま、彼女のこれからの4年間の過程でさらなる成長を期待しつつ、その結果をこの目と耳で確認できないのが残念なところ。
 


 馬向華・二胡独奏音楽会  2003.9.20 於: 上海芸海劇院

 日本でもお馴染み(でしょ?)、才色兼備の若手演奏家、馬向華。いやあ、ほんとお美しい。今回の舞台でも、中国人にありがちな「どどど、どういう感覚してんだこの人!?」と吹き出したくなるような悪趣味とは違ってシックなドレスにて登場し、センスの良さを披露していました。

 今回の演奏曲目は、十八番の「葡萄熟了」「チャールダッシュ」「カルメン」に加え、王建民の「天山風情」、あと「二泉映月」に「一枝花」、そして広東音楽「平湖秋月」「雨打芭蕉」。

 まあいつもの曲はいつも通り高度なテクと密度のある音色で、一緒に行った二胡を学ぶカナダ人の同学を感動させておりました。「僕は二胡奏者の中では陳軍が一番だと思ってたけど、馬向華の方が上をいってるのではないか?」う、うーむ。
 
 今回広東音楽にチャレンジしていたのは、ちょっと新鮮でした。テクばっかじゃなく伝統曲もちゃんと弾くんだぞ、という姿勢は「二泉映月」や「一枝花」を選んだあたりにも表れていますよね。プログラムにも紹介されていましたが、自ら上海や広東に行って数々の師に教えをこい、努力しておられる様子。

 以前東京に彼女のリサイタルを聴きに行きましたが、その時は緊張していたのか、「少し硬いなー」という印象でした。その時に比べると表現の幅も格段に広がって、伝統曲に関しても色々研究しているな、と感じました。広東音楽もバックに小楽隊を従え、なかなかうまくこなしていましたよ。

 同学達と「彼女はとても一生懸命努力しているよね」と休憩時間に話していたのですが、「でもちょっと一生懸命すぎて聴いててしんどいかなー」という意見もありました。まあ彼女はまだ若いし、これから年を重ねるにつれて余裕も風格も備わってくるのだと思います。

 しかし後半、プログラムを見ていて「なんだか知らない曲が入ってるけどどんなのかな」と思っていたら。突然舞台にダンサーが現れ、カラオケががんがん鳴り響き、その中でポップス歌手みたいな服を着た馬向華がひとり二胡を弾く。ななななんじゃこりゃ。

 あっけにとられる我々を尻目に、この恐ろしく俗っぽく安っぽいステージは延々三曲も続き、しかもアンコールも何も無しで突然コンサートは終了してしまったのでした。芸術的な演奏会が一転して三流の歌謡ショーに。後味悪すぎる・・誰だこんなの企画したヤツは!?そして彼女はこの歌謡ショーに於いても、やはりただただ "一生懸命" に真剣に弾いていたのでありました。



 王范地 師生音楽会  2003.9.26 於: 賀緑汀音楽庁
 上音の敷地内に、この9月に落成したばかりの賀緑汀音楽庁。今回は張り込んで何と!一番高い150元のチケットを購入しちゃいました。といっても学生割り引きがきいたので、実際には50元だったのですが。席は学校内の売り場で「いっちゃん良い席ちょーだいね」と言っただけあって、前から2番目のどまんなか!

 まず若手(1人は"若め"と呼ぶべきかな)が三人ずらっと。その中の湯暁風というのは1年前に上音を卒業後、上海民族楽団に入団した人。そーいや卒業試験の時聴きに行ったなあ。なかなか面白い弾き方をする人で、弾く時の仕種が独特で、いかにも考えてパフォーマンスしてますってな感じ。卒業試験の時と同じ曲、「虚籟」と「平沙落雁」を演奏していましたが、当時よりもパフォーマンスに磨きがかかっていて、ますますキザっちくなっていました。一見飄々と弾いているようでしたが、手、震えてたよ・・。
 
 お次は急に年齢が上がって、中国広播民族楽団のソロ奏者、陳音。かなり昔にこの人のテープを聴いた事があります。その中の「麗しのタシュクルガン」、丁度前後して呉強老師による柳琴の同曲を聴いたばかりだったので、カッコいい柳琴に比べ、琵琶で速い曲を弾くとキレが悪くもたついて情けないなあ、というのが当時の感想でした。しかも常にこの曲が彼の代表作のように言われるものですから、彼に対してあまり良い印象はなかったのです。でもこの日一緒に行った知人によると、どうも私が聴いたテープのはあまり良くないバージョンのだったらしく、本当はもっと素晴らしいんだそうで・・。

 演奏会では「瀾滄春暁」を弾いていましたが、快速部分やトレモロが引っ掛かって哀しい出来で、「無理して速いとこ弾かなくても・・」とはらはらしました。2曲目の「龍船」は、その知人から少し前に別の若手による同曲の演奏VCDを見せてもらったところだったのですが、これがまたテクはすごいけど何弾いてるかさっぱりわからんシロモノで(笑)。それに比べれば曲の処理も丁寧にされているし、聴いていて安心感はありました。

 王范地と宋飛との二胡二重奏、「慢三六」。へえー、二胡も弾くんだ王范地って。彼は上海生まれだそうですが、だからなのか左手の滑音の柔らかいこと!! ぶんぶん弾く宋飛の隣で、あっさり淡々と弾いている王范地の姿は、まさに「その辺の江南絲竹のおじさん」そのものでした。

 宋飛が琵琶を持って登場。彼女が琵琶を弾く、というのは以前耳にしたことがありましたが、実際この目で見るのは初めて。二胡を弾く王范地と共に、ちょっと珍しい出し物だなこりゃ、という感じです。曲は「青蓮楽府」。まあもちろん他の琵琶弾き専門の演奏には比べるべくもありませんが、危う気な所もなく、ソツなくこなしたといった感じ。

 しかし宋飛、この日も強烈な衣装でしたよ。目を突き刺しそうな鮮やかなセルリアンブルー、裾には銀色の波涛の絵柄入り。まさに「怒濤のような」姿でした。しかも髪から肌からキラキラのパウダーがかかっていて、ただでさえ顔から体型から全身でかくてインパクトが強い人なのに、ドレスと共に目がちかちかしてクラッときた・・。

 そして同じく宋飛による、琵琶の名曲を二胡の曲に改編した「大浪淘沙」。もちろん和音を奏でる琵琶に比べ、単音の二胡では何となく物足りない感はあるものの、沢山の技法を駆使して、後半部分の軽快さなども程良く表現されており、なかなか悪くないと思いました。

 最後は御大、王范地の演奏。「塞上曲」ではそんなには思わなかったけれど、「覇王卸甲」では輪(五本指のトレモロ)がとても苦しそうで、こんな有名な奏者でさえ70才になるとこんなになってしまうのか、と愕然としました。しかし以前ケガをされたとのアナウンス(私には聞き取れなかったのですが後で同学が教えてくれました)で、年齢のせいでこうなった訳ではないと知り、ようやく納得がいきました。

 今回演奏を聴いていて思ったのは、若手から順々に年齢が上がっていくにつれ、技術はだんだんと衰えていくけれど、逆に曲としての完成度が高くなっていくものだと実感しました。若い人の技術は本当に完璧に近いし、間違いもほとんどない。けれど何となくばらばらっとして散漫な印象を受けるのです。

 「どこからどこまでが1つの流れなんよ?動作が細かくぶち切れてるから見てて疲れる!!」「一体曲の中にいくつクライマックスがあるの?ホントのクライマックスはどこなのよ!?」というレッスン中の呉強老師の声がきこえるような気がしました。でも年寄り組(失礼?)は長年にわたって培われた経験と勘でもって、呼吸の仕方がとても自然で、曲全体がバランス的に上手くまとまっている。やっぱり亀の甲より年の功、ただとっているもんではないですねぇ。

 CDを聴くだけでは、微妙な呼吸や音の変化などはどうしてもわかりづらい(って私の耳が悪いだけ?)。やっぱり生の音を聴いて、生の演奏を見て、初めて伝わる、感じる、何かがあると思うのです。それを肌で感じる為に、今後も極力機会を作って演奏会を聴きに行こうと思っています。お金ないけど・・・。

(03.3.10)

●演奏会レポート
 
 先日、一時帰国してすぐまた上海に戻って来たのですが、浦東空港から機場バスに乗り、途中から違うバスに乗り換えようとしたところ、丁度ラッシュアワーだったもので、トランクを持った私はバスには乗車拒否されるわ、折からの雨でタクシーは来ないわ、来たら来たで他の人達に横取りされかけるわ(急いでるから譲ってくれとか言われた)、でキレて「こっちは1時間も雨の中待ってたんだ、あんたら荷物少ないんだからバスに乗れよ!!」と大声でどなってやった。・・おかげで風邪がぶり返してしまったぃ。怒るでホンマ。

 「上海民族楽団 金色大庁羊年春節音楽会預演「金色暢想」   2003. 1. 29 於:上海芸海劇院

 上海民族楽団の演奏は、久々です。しかもウィーン・フィルの活動拠点である、金色大庁(ウィーン楽友協会大ホール)での公演をひかえてのリハーサルとあっては、きっと気持ちも締まって良い演奏を聴かせてくれるのでは?と期待。

○絲弦五重奏で柳琴に注目

  まずは広東音楽の合奏「娯楽昇平」で幕開け。ん、んんー・・何だかぱらぱらしてて、今いちノリが悪いなあ。もっと楽しそうにやって欲しいところ。ま、1曲目はこんなモノかな、と寛容な心で許しちゃいましょう。

 2曲目はスオナー協奏曲「梁山随想」。梁山とくれば水滸伝。独奏の左翼偉は、すごく真面目な演奏をする人ですね。艶がないのがちょい不満ですが、水滸の英雄達の気概を表現するには合っているかも。でも「一枝花」のくだりは、もうすこし泣きが入った方が好みなんだけど・・。

 3曲目は絲弦五重奏による「陽関三畳」と「歓楽的夜晩」。この絲弦五重奏というのは比較的最近になってからのもので、二胡・琵琶・揚琴・古箏・柳琴(または中阮)という、弦楽器ばかりで構成された形態です。普段楽団では出番の少ない柳琴がかなりクローズアップされるので、柳琴弾きの私としては嬉しい傾向ではありまして、贔屓の柳琴奏者、王艶の演奏を聴き見逃すまいと必死になっておりました。相変わらず透明感のある、いい音色を響かせていました。しかし何度聴いても妙な編曲だなあ、胡登跳の曲って・・楽器の特徴はよく出ているけど。

○途中の演奏は少し地味?

  次は笛子独奏「姑蘇行」。日本で何度か合奏したことがありますが、ホントに良いですね、この曲。そーいやうちの近所にも笛吹きがいるらしく、時々この曲も聞こえて来ますよ(といってもレパートリーは他に紫竹調しか無いような)。若手奏者、銭軍の独奏は、地味だけど丁寧に仕上がってました。

 古箏独奏「幻想曲」。演奏者の羅小慈って多才な人ですね。司会をつとめたり、書画のパフォーマンスをしながら古箏を弾くという演奏会を開いたり、でもって若くて美人だし。「幻想曲」は、「第一二胡狂想曲」を作曲した王健民の作品で、どちらも雲南の味わいが色濃くでていて、個人的に好きな作品です。彼の作品には和声を変化させながら音を積み上げていき、丁度ほの暗い密林の中から次第に視界が開け、一気に広い所に到達するような独特の感覚があるのですが、この日の演奏は何となく、ずっと暗いジャングルから抜けだせずに走り去ってしまったという感じでした。確かに技術的にとても難しい作品なのですが・・ホールの音響や楽器自身の問題もあったかもしれませんが、全体的に硬く消化不良な気がしました。

 間に休憩・合奏をはさみ、段皚皚独奏の二胡協奏曲「春江水暖」。いつものごとく、難易度の高い部分も楽々とこなし、何分かに一度2階の観客に向かって笑顔をふりまくのも忘れず、堂々と大曲を演奏していたのはさすが。でもそのがんばりの割に、観客からの拍手が少ないのはなぜ? 地味なのかなあ。何となく音も小さいし。

○演奏も楽しく、が大切

  そしてお馴染み、二胡の馬暁輝・笛子の唐俊喬・古箏の羅小慈による三重奏。この女性トリオ、テレビ等でもよく見かけます。すっかり定着した、上海民族楽団の顔といった感じ。いつも同じ曲ばっかなので食傷ぎみなんだけど、観客はわいてますねぇ。・・で気がついたのですが、先ほどの段皚皚の時とこの馬暁輝の時とでは、マイクの音量が違う!! 何だかずるいよ、馬暁輝。これって段皚皚を貶めるための彼女のインボーじゃないの?と思わず勘ぐってしまったりして・・。

 最後の合奏、「エジプト行進曲」「椰島歓歌」「閙花灯」。「エジプト~」はあまり出来上がっていない様子で、おいおいこれをウィーンに持っていくの?と心配でしたが、後の2曲は結構ノリがよく、気持ち良く聴けました。舞台が進行するにつれ、だんだん本調子が出て来たといった感じ。でも金を払って聴きに来ている観客の立場から言わせてもらうと、最初からベストコンディションで臨んでほしいんだけど。

 日本で楽団に在籍していた時、定演などを聴きに来てくださった方々から時々「表情が硬い」という指摘を受けることがあり、確かに視覚的要素ってのも重要なんだな、と常々意識はありましたが、プロの演奏を見ていても、色々感じることがありますね。

 例えば今回の上海民族楽団、前の方に座っている団員(若手が多い)達は姿勢も正しく、指揮にも反応しているように見えますが、後方の団員達は椅子にふんぞり返って、つまんなさそうに弾いているので、「やる気ないんかいッ」と言いたくなります。まあ、以前ご紹介した姜建華みたいに過度のアクションも見てて辛いですが(笑)。文字通り、「音」を「楽しむ」様子が、自然に伝わってくるような、そんな演奏ができれば最高ですね。


(02.11.29)
  
●演奏会レポート

 早いものでそろそろ師走になろうとしています。上海もずいぶん寒くなりました。日記もつられてお寒い状態で申し訳ありません。
 
 なんたって9月のネタを今頃書いているという・・。中田さんから「いま何月~?」と笑われてしまいました。毎週のように起きるアクシデントに振り回されているうちに時間が・・・って言い訳ですね。はい。

 そのアクシデントやらについては、おいおい皆様にご紹介いたしますね。御期待(?)くださいまし。

「姜建華 二胡独奏・交響音楽会」 2002.9.3  於:上海大劇院大ホール
  
 小澤征爾が中国を訪問した際、彼女の「二泉映月」を聴いて涙を流したというのは有名な話。在日の中国人音楽家の中でも名実共にトップでありましょう(たぶん)。実を言うと、私が初めてナマの二胡を聴いたのが、彼女の演奏でした。「刷り込み」とでもいいますか、それ以来、どの中国人演奏家(在日ではね)の二胡を聴いても、味
がうすくて物足りなく聴こえてしまうのです・・。

 姜建華ってもともと上海人ですよね。この独奏音楽会は、彼女にとっていわゆる「故郷に錦を飾る」、とても大きな意義があるのだと知人より聞かされました。なんたって普通のホールではなく、上海最大のコンサートホールである大劇院、しかも大ホールですもん。でもって上海交響楽団との共演 ! リキの入り方がうかがえます。

 第一部は小曲オンパレード。「花好月圓」に始まって、「ラストエンペラー」「シルクロード」「空山鳥語」に「賽馬」、他には彼女自身の作曲「故郷熱情」などなど。なんとなく日本での演奏会と差がないような。たくさん聴きに来ていると思われる日本人観客を意識した選曲なのでしょうか。これらの伴奏は琵琶・揚琴・ピアノ・チェロのアンサンブル形式。・・でこれがいまいちソロと噛み合ってなかったりする。うむむ。日本でならともかく、耳の肥えた聴衆がわんさといる上海でこれはマズイんじゃない?

 第二部は交響楽団との共演で、途中ダンナ様である楊宝元の琵琶独奏をはさみながら、「悲歌」「印度浪漫曲」「二泉映月」「ツィゴイネルワイゼン」というラインナップ。「悲歌」っていうから一瞬、劉天華の同名曲かと思い、プログラムを見ると「楊立青(上海音楽院院長です)作曲」とあるから新曲?と思いきや、始まった曲は「江河水」
じゃありませんか。何だあ。これ作曲じゃなくて「編曲」っていうんじゃないの?

 「二泉映月」は石井真木の編曲によるもの。んー、でも何だかしっくりこない編曲。あんまり「二泉映月」らしくないなあ。やっぱり日本人だと感覚が違うのかな。「ツィゴイネルワイゼン」は・・うーん。早い曲だからなかなか大変そう。交響楽団は西洋オケだから、リズムが西洋的。に対してソロのリズム感はやはりというか民楽的。とはいえ、さすがはお互いプロだけあってそれなりにまとまっていました。



姜建華演奏会のパンフレットより

 肝心の彼女の演奏には全然触れていませんね私(笑)。日本で何度も聴いているのであまり新鮮な感動がないというのが正直なところ。相変わらずの豊満な音色にちょっとクラクラ酔いつつ、帰りの電車では、いつにも増して激しかった演奏中のアクションに同学達の話題が集中しました。(例: 弾き終わる度に弓を放り投げるがごとく腕を後方へ投げ出すアクションを、全然関係ない部分で意味なくやってたのが可笑しかった)。

 後日、うちの老師(も行かれたそうです)との会話。
 老「この間のコンサート、どうだった?」
 私「老師はどう思われました?(と明言を避けフリ返す)」
 老「(にらみながら)日本に住むと、みなあんなに(大きな動作に)なっちゃうの? 何だか挨拶の時もまるで日本人みたいにお辞儀ばっかりしてたけど」
 
 みんな演奏よりアクションの方が気になっていたみたいですね。

 「宝塚歌舞劇団」2002.9.13 於: 上海大劇院大ホール

 行くつもりは無かったのですが、同学が行けなくなったので急遽チケットがまわってきました。といってもしっかり定価通り150元払わされたけど。くっすん。ちなみにプログラムも60元と高くて手がでませんでした。

 三年ぶり二回目の中国公演とのことで、上海在住の日本人ならびに日本からの追っかけファンが沢山いらしたようで、ほぼ満席。ヅカファンはすごいね~。でも中国人観客はどのくらい来たのかしらん。日本人が買い占めてたら文化交流の意味なんてないのでは?とも。

 私も大阪人のはしくれですから、宝塚のひとつやふたつは観に行った経験がありますし、あのきらびやかさは結構好きではあります。中国にも女性ばかりで演ずる「越劇」というのがありまして、何となくファンのノリも似ているような。今回のタカラヅカの演目は、中国の有名な悲劇である「梁山伯と祝英台」をベースに、舞台を日本に置き換えた「蝶恋」。以前観に行った、越劇版「梁祝」との違いがちょっと面白かったので、こちらもあわせて御紹介することにします。

 時は日本の中世。舞楽を学ぶ2人の若者がいましたが、ひとりは実は女性でありました。彼女は彼への想いを、彼は彼女の事を女性とは知らず想って悩み、そのうち彼女が故郷へ帰る事になり、別れの日にお互いの思いを打ち明け、結婚の約束をします(この辺設定は違うけど大体似てますね)。原編だと、この後彼が彼女を迎えに行った時、すでに彼女には結婚相手が決められており、彼は失意のうちに亡くなってしまいます。彼女の結婚式当日、彼の墓のそばを通ったその時、突然墓が開き、気がつくと彼女の姿は消え、あとには二匹の蝶が仲睦まじく飛び交うのみ・・というストーリーです。

 越劇では、彼が迎えに行った時、彼女の結婚の事を知り、ひと幕ぶん延々と愁嘆場がくりひろげられます。これが一番の見せ場のようで、役者がこれでもかと歌いまくります。タカラヅカ版の演出は、これが一切なくて、彼が迎えに行く前に、彼女は既に自殺してしまってます。そういうドロドロしたところは、やっぱりタカラヅカにはふさわしくないのでしょうか。

 ○演出は違うがやはりプロ

 あと、「墓が開く」シーン、映画とかマンガとか、どれをみても笑えるんですよね。でかい土まんじゅうがパックリ開いて、中から煙がでてきて・・一応悲劇なんですけどいつもここで笑っちゃう。越劇でもやっぱり笑えました。でもその後の、蝶に化身した2人の姿がまたおそろしくて、目玉のような模様付きのでっかい蝶の羽をしょって、まるで幼稚園のお遊戯のような。それまではずっと舞台の美術や照明も凝っていてとても良かったのに、なぜここに来て急に幼稚っぽくなるんだろ。・・これ、ホントに悲劇だよね?

 タカラヅカ版では、最後の墓が開くシーンでもとても静かで、土まんじゅうではなくて五輪塔だったのも可笑しかったのですが、人形劇みたいな針金つきの蝶がさみしくひらひらしているのが御愛嬌。そして最後、一転して舞台は愛と夢とロマンのあふれる(?)、王朝絵巻の世界。雛人形のような美しい衣装をまとって舞う姿は、もう絢爛豪華の一言。

 舞台はすべて中国語の字幕つき。ですが、冒頭、および中盤のステージでは団員が中国語で挨拶していました。特に中盤、劇中で主役をつとめた娘役の壇れいが中国語の歌も披露しており、どう聞いても正式に中国語を勉強した経験のない発音だったけれど、それだけによけい、挨拶にしろ歌にしろ、カンニングペーパーなしにあれだけの長文を暗記したというのは、やっぱりさすがプロだな、と思いました。

 第二部のレビューも、いかにもという感じで、きらびやかで楽しい舞台でした。同学との帰り道も、ずっと目にきらきらが焼き付いていて、2人で「ハマりそーねぇ」なんて言いながら。やっぱりタカラヅカは永遠の女性の夢の世界なのかしらね・・。
 

(02.5.13)
  
●演奏会レポート

「王国潼二胡音楽会」
(4.6) 美琪大劇院
  
   王国潼・・というといかにも北京の二胡、って印象が強いですねえ。以前香港での「二胡百年」でも出演していましたが、才気あふれる若者パワーに押されてひっそりと地味~な演奏で、気の毒に感じた記憶があります。上海ではどんな演奏を聞かせてくれるのでしょうか。

 ・・と期待していたのに、プログラムを見たら彼の演奏はたったの2曲。あとは彼の曲を他の人が演奏するといった内容でした。しかも出演はほとんどが上海の人達。ちょっと納得いかない。金返せ~。

 まずは上海の少年宮の子供達による二胡斉奏。う~ん、上手いよねえ、まだ小さいのに。臆することなく笑みさえ浮かべて得意げに演奏する彼ら。そう、君達が新しいこれからの二胡の歴史を作っていくんだよ。しみじみと彼らの将来を見守ってやりたくなってのでした。
 
 お次は北京からのゲスト、趙寒陽。二胡の楽譜をたくさん出版しているとても有名な方ですね。生演奏を聞くのは今日が初めてですが、VCDなどで見慣れているせいか、初めてという気がしません。ちっちゃくて愛嬌のあるおっちゃんという感じで、楽しそうに演奏していた姿が印象的でした。演奏自体も、左手がすごく滑らかで、らくらくと弾いていてさすが。広東音楽は間の取り方はイマイチだったけど、音階がそれっぽくていいセンいってました。

 続いて上海民族楽団の邵琳。楽団の演奏でも二胡以外の楽器の独奏で出演することが多いので、久々に彼女の二胡が聞けると期待。・・していたんですが・・・なんだかお疲れの様子で、演奏も惨憺たる有様でした。馬暁輝だけでなく、邵琳あなたもか!と上海勢の不振ぶりを目の当たりにして、上海」びいきの私としては歯がゆいです。

 が、今日の馬暁輝はいつもと違って(失礼)気合が入ったなかなかの演奏でした。昔はこんな感じだったんでしょうね、力がみなぎってましたよ。いつもこんなのだったらいうことないのに。



胡琴大師と呼ばれる王国潼

 そしてついに真打、王国潼登場。まずは「二泉映月」。ん?香港のときと同じで楽譜を見ているじゃないの。そりゃないんじゃない?まあでも演奏は男っぽいしっかりとした弾き方で、香港のときに比べ堂々として見えました。

 2曲目「漁舟唱晩」では、バックのオーケストラについていくのが大変そうな、必死で追いかけていく場面などもありましたが、まあお年だから無理もないか・・。彼の演奏は流麗さとか派手なところはないけれど、堅実そうな外見そのままの、地味だけれど骨のある、そんな感じでした。

 アンコールは「光明行」。んっ、なんだかみんな手拍子を打ち始めたぞ。ノッてる、ノッてる~。中国人、この曲好きですねえ。私は最初、この曲を聞くと、ちょっと恥ずかしいような気持ちになるので(思いません?)あまり好きではなかったのですが、近頃慣れてきたのか、、あまり何も感じなくなくなりました。すでに洗脳されてしまったのでしょうか。そういえば中国独特(?)の奇妙な和声にも以前ほど気持ち悪さを感じなくなりつつある。だんだんと中国人に近づきつつある自分の感覚がオソロしい・・・。


●演奏会レポート

「上海民族楽団雲南情話」(4.7) 上海音楽庁

 王国潼の演奏会に続き、2日連続で出かけてしまいました。嬉しいような、お金がなくて悲しいような。でもこの日のチケットはかなり早くに一番安いチケットを手にいれていたので、たった20元の出費ですみました。本当は1Fの一番後ろの席だったのですが、当然(?)開演前になるとさっさと前方の空いた席(おそらく80元クラスだと思われる)に移動している私。行動が中国人化しつつあるようです。でも演奏中騒いだりすることはしないもん。

 タイトルどおり今回はオール雲南ものプログラム。中国の少数民族の曲って不思議な音階がエキゾチックでいいですね。お祭りの日、皆着飾って楽しく歌い踊る・・そんな場面が想像されるステージに違いない。マンネリ気味の上海民族楽団もなかなか面白い企画を出してくれるじゃありませんか。

 1曲目彝(イ)族の民歌から編曲された「同心曲」の合奏。う~ん、雲南の香り豊か~と気分よく聞いていたら・・またまた打楽器が・・ああもう。

 葫芦絲独奏「耳海月夜」。この葫芦絲、日本でもちょくちょく耳にしたけれど、素朴な味わいがなんともいえないですね。心に染み入る音色、なのですが今日の曲には和音がぜんぜん出てこなかったな。この和音が出る管楽器というのが最初聴いたときにびっくりしたもんなんですけれど。そういう意味ではちょっと物足りない感あり。

 そしてお次は私ごひいきの柳琴奏者である王艶と、三弦奏者・夏青の二重奏。「神秘的瀾滄江」。ラフ族の小三弦と、タイ族の達比亜という楽器なのだそうな。王艶が弾いた達比亜はややナシ型の、下部のみフレットが付いていて、上部は三弦の如く滑音を多用するという、ちょっと珍しいものでした。2人とも民族衣装を着てかわいらしく登場。楽器のせいかマイクのせいか、音量が小さくてよく聞こえなかったのが残念。

 苗(ミャオ)族の生活を題材にした「飛歌」。笛子独奏は唐俊喬。この日も袖ひらひらの美しい衣装をまとって登場。しかしピッチの低さは衣装だけではカバーし切れなかったようだ。

 男女二重唱なんてのも。映画「阿詩馬」より「一朶鮮花鮮又鮮」。男性の声が圧倒的!すごい音量でした。中国にはこういう正統派の歌唱力の持ち主が多いようですね。でも男性が民族調の服を着ていたのに対し、女性のほうはオペラでも歌うのかしら、といったフリルびらびらの衣装で、何だこのミスマッチは!?ま、協調性がないのも中国的ではあります。

 休憩のあとは再び合奏「彩虹」。曲の途中で特別ゲストの陶志華が象脚鼓を叩きながらふらりと登場。舞台を練り歩きながら客席へ降りて、前方座席のおば様2人を誘い一緒に踊ります。おお、なかなか粋な演出じゃない、と思っていましたが、おば様達の動きはどう見てもプロのダンサーのもの。サクラをやとっているのかあ。その後も髪を振り乱し、全身で音楽を表現する彼のパフォーマンスは延々と続いたのでありました。

 続いて樹葉演奏「月下情歌」。樹葉とは文字通り木の葉っぱそのもの。誰もいない舞台の袖の方から樹葉の音だけが聞こえ、呼びかけに応じるように月琴をつま弾きながら王艶再登場。ん、でも彼女が持っているのは月琴といっても普通の、京劇に使う漢族の月琴じゃありませんか。前半の二重奏で珍しい楽器を使っていたんだから、ここでも雲南月琴を使うべきだと思うのですが。しかも衣装も前半と一緒。民族が違うんだから衣装も変えて、こだわりを見せてほしかったところ。まあ予算の都合もあるのでしょうが・・。

 そして再び先ほどの陶志華 が樹葉を手に彼女に歩み寄っていきます。表情豊かな彼らの掛け合いがほほえましくて、楽しいひと幕でした。

 合奏、男性独唱と続き、最後はもう一度合奏と「打歌」。土(トゥ)族の、レとドとソの3つの音で構成された「打歌調」を基調として作曲されたもの(らしい)。途中高胡や中胡の楽団員が、雲南風の竹製の各種打楽器に持ち替え、一斉にリズムを打ち始めたところはとても迫力があって、感動的ですらありました。打楽器ってやっぱりかっこいい!

 アンコールは「阿細跳月」。最初から最後まで雲南の旋律を満喫できた演奏会でありました。楽団員の練習不足か、合奏はかなりバラバラだったけれど。まあでも個人的には楽しめた演奏会ではありました。余韻をかみしめながら、今度は“オール新疆プログラム”ってのがいいなあ、なんて一人でニヤニヤしつつ、空気の抜けた自転車を必死で漕いで帰りました。(←でもバスで帰った同学達よりも早く到着したんですよ~えへへ)2日連続の自転車で、2日後足が痛くなりましたけどね。

(02.4.25)
  
●演奏会レポート

「民楽八大家・中国民族音楽経典音楽会」
(3.24) 上海大劇院
  
  チケットの最低価格が100元と結構高いので買おうかどうか迷いましたが、8人の民楽大家が出演するとあっては、行かずに後悔するよりはと大劇院まで自転車を走らせ、最後列のチケットを手に入れたのです。
 幕開けは共演の上海民族楽団による「慶典序曲」。おや?またまた打楽器がタイミングはずしているよ。もちょっと気合入れてね

 「大家」第一弾は超絶技巧で知られる古筝の王中山。次々と繰り出される多指揺指や輪指などの技・・・、があまりに舞台が遠くて、よく見えないのがとっても残念。古筝専攻のMっちいわく「肩や腕に全然力みがなくて、全部の力が指先に集中してる。やっぱりすごいな」。そーいうところまで分析できるMっちもすごいよ。私なんて見ててぜんぜんわからんもん。

 次は「大家」という名があまりにもぴったりな、人間国宝級笛子奏者・陸春齢。81歳になるというのに相変わらずお若い。登場した瞬間から盛大な拍手がいつまでも鳴り止まず。やっぱり上海では絶大な人気ですね。

 1曲目はおなじみ「梅花三弄」。あれ?ピッチがずいぶん低いし息もかなり漏れていて苦しそう。2曲目の「行街」ではやや持ち直されたようですが、伴奏の小楽隊とも微妙にタイミングが合わず、いつもの「得意満面、ノリノリ陸じい」になりきれなくて、本人も不本意だったことでしょう。が「行街」の最後はジャンプで決まり!う-ん今日はきっとこの最後のジャンプのために力を温存していたかもしれない。


上海市人民広場にある上海大劇院

【おなじみ閔恵芬と顔見知りが】

  3番手、板胡の沈城、4番手スオナアの呉安明と続き、5番目は古琴の大家・コン・イー(龍の字の下に共+一)の登場。大舞台にぽつんと置かれた古琴を見て身を乗り出す同学。「いや聞こえないんじゃないかと思って」。30cmくらい前方に移動したからって変わらないと思うんだけど・・(笑)。

 同学の心配をよそに、マイク付きで「瀟湘水雲」の演奏は始まりました。でも古琴はやはり間近で聞いたほうがいいです。彼の演奏を日本で聞く機会がありましたが、広くない部屋で、音色というよりは“気”みたいなものを共有したという感覚でした。今回のように大きな会場で、思いっきり拡大されたマイクを通してという状況では、演奏者自身も気が拡散して、満足な演奏などできたのでしょうか。

 二胡独奏はおなじみの閔恵芬。コンサートが始まる30分ほど前、小雨の降る会場の前で私たちとすれ違った、黒スパッツに地味なカーディガンを着て二胡を背負った普通のおばちゃん。よくよく見ると閔恵芬その人でありました・・びっくりした。

 演奏曲目は「綉荷包」と「草螟弄鶏公」。選曲のせいかとても地味なステージでした。バックに従えた6人の小姐たち、どこかで見た顔だと思ったら、東方音楽論の授業で一緒の子だとか、顔見知りの学生が混ざっていました。閔恵芬と、しかもこんな大舞台で共演できるなんてすごいですね。

【いろいろあってもやっぱり生です】

 そして琵琶の劉徳海登場。「喜慶羅漢」1曲のみ。ひとつひとつの音がとても大事にされていて、無音の部分であってもずっと音が感じられるような自然な流れがとても心地よくて、もっともっとたくさんの曲を聴きたかったです。

 ラストは高胡の余其偉。どうしてこの人がトリなの?と思ったら、フルオーケストラ付だったからですね。この編成での「昭君怨」はなかなかの迫力でした。ただ難をいえば、彼は広東音楽の人ではありますが、少し味が薄いのです。あの広東音楽独特の、ちょっと気持ち悪い音階が聞かれず、やや標準的で物足りなさを感じました。アンコールの「歩歩高」もあまりに標準的だった・・。

 以上ちょっと手厳しいかな?でも「八大家」っていうからとても期待したのに、思ったほどでもなくてがっかり~。しかも宣伝のときとメンバーが入れかわってて、本当は陸春齢ではなく、笙の胡天泉が出演するはずだったのですよ。聞きたかったのに。

 あ、文句ばっかり書いていますが、私自身は結構楽しんでいるんですよ。生の舞台ってとても勉強になりますし。皆さんも機会があればぜひぜひ生のステージをご覧になってくださいね。良くても悪くても、きっと何か得るものがあるはずです。
  

(02.3.1)

●演奏会レポート

上海民族楽団「過路人之春」 2002.1.8. 於上海大劇院
  
 
【題目はいろいろ】

 昨年、上海を代表する二つの民族楽団、上海民族楽団と上海東方広播民族楽団が合併しました。合併後初の晴れ舞台ということで、指揮に王永吉氏を迎え、二回にわたり迎春音楽会が催されました。そのうちの第一回目の様子をお届けします。

 まずは合奏「将軍令」でにぎやかに幕開け。ここで観客の心をつかみ・・のつもりだったんだろうけれど、打楽器をはじめ、やや散漫な印象。新しいメンバーでまだ呼吸が合わないのかな?

 お次は笛子独奏「蒼」。美しい衣装を身にまとい現れた女性演奏家、唐俊喬。彼女は映画「臥虎蔵龍」では笛と巴烏のソロも担当していたそうです。この「蒼」という美しい曲調と、彼女の持つ雰囲気とがあいまって、幻想的な世界が展開された数分間でした。やっぱりこういうのってナマならではですね。でも少し眠かった・・。

 がらりと変わって舞台はウイグル。邵琳の十八番、アジェクの独奏。新彊の乾いた、軽快なメロディを聴いた後は頭さっぱり、目もぱっちり。しかしこの人、前回も同じのやってたけど、二胡の独奏演員だったはず。たまには二胡で勝負したいだろな。

【馬暁輝がんばって】

 そして女子三重奏(←この呼び方、何とかならん?)「琴瑟風韻」。ん?どこかで聴いたことのあるメロディ・・と思ったら、昨年のAPEC会議での音楽会用に作られたという、江南の民間楽曲をつなぎあわせた、フシギな代物でした。三重奏は前出の唐俊喬(笛子)、馬暁輝(二胡)、羅小慈(古箏)という面々でしたが、ひとりひとりはとても上手いはずなのに、三人寄るとムムム??でした。編配が良くないのか、感性があわないのか。特に馬暁輝、この人って二胡の首席奏者なのに、どうしてこんなに音程はずしてくれるんだろう。前回の演奏会でも、手に汗握る危うい「梁祝」だったのに、今回もまたやられたッという感じで残念です。

 後半、元東方広播で独奏演員だった段皚皚が二胡ソロで登場。この方、同学の先生なのだ。すごく若いけど実力派。この日も難曲「ツィゴイネルワイゼン」をほとんど狂いもなく弾きこなしていました。ただ音響のバランスが悪く、音量が小さかった為、観客のノリがいまひとつだったのが惜しいところ。

 しかし馬暁輝、このままいくと彼女に首席奏者の座を奪われてしまうのでは?もう少し頑張ってほしいな。
 


馬暁輝--CD「琴韻」より

【音楽の中の違和感とは】

 そうそう、今回ちょっと変わった取り合わせで、古箏と尺八による「春の海」なんてのがありました。奏者はもちろん楽団員。尺八も笛子奏者がソツなく吹きこなしていましたが、わびさびというか日本の味がうすい・・。古箏にいたっては、調弦からして中国的感覚。トレモロにガシャガシャ感(わかります?)があったり、弾く動作も抑え気味にしたりと、日本的な奏法を意識していて健闘されてはいたのですが、やっぱり何か違う。楽器が違うから仕方ないんですけれど。

 しかしこの違和感って、我々中国音楽を学ぶ日本人が感じる「壁」と同じ類のものなんでしょうね。きっと中国人が我々の演奏を聴いても、息遣いだとかちょっとしたことが違う、しょせん外国人には中華文化を理解するのは無理なのだ、なんて思われてるんだろな。そう考えたら、いま自分がやっている事って一体何なのだろう、と虚しさを感じてしまいました。はぁ~。

 合併後どう変わったかについては、一度上海民族楽団の演奏を聴いたことがあるきりなので、違いなどわかりませんが、以前聴いた演奏はもう少し緊迫感があった気がします。今回密度がうすい印象をうけました。まあ劇場の音響や指揮者の違いという事もありますが。しかしソロ奏者をはじめ年齢層が若くなったようにも思います。ご年配には厳しい世情なのかしらん。

 第二回目の演奏会は、残念ながら帰国の為聴きに行けませんでしたが、後半すべて外国モノ(西洋&日本)だった今回と違い、全曲中国ものだったようです。個人的に「シャディール伝奇」なんかも聴いてみたかった。無念。

 しかしそれにつけてもマナーの悪さよ。今回も隣のクソガキ・・いえ、お子様が終始騒がしく、果ては叫びだしたので睨むだけでなく小突いてやりました。母親は叱るどころか、ずっとお菓子を与え続けるばかり。こんなの連れてくるなぁ~!!中国で静かに演奏会を楽しむことのできる日はまだまだ遠い・・。

(01.12.20)

●演奏会レポート  

 「琵琶故郷行」劉徳海と百人楽団 11月24日 於:上海商城劇院

  “琵琶大師”劉徳海の演奏が聴けるチャンス!と、早々にチケットを買ってこの日がくるのを楽しみに待っておりました。本当いうとCDを聴く限りでは彼の演奏はあまり好きではなかったのですが、CDと生演奏とはぜんぜん違うのだということを「二胡百年コンサート」でも感じたので、コンサートに行く前から気合が入ってました。
 実はコンサートの3日前に上音で彼の講話があり、聴いてもわからないくせに私も行ってきました。そのときの話は(参加した日本人は私一人で、あとで同学に聞いたり録音したものを一部訳してもらった内容によると)音楽に対する考え方、作曲する際の方法論、などなど。

 近頃は音楽が分業化されてしまい感覚が狭くなっている、今からでもいいから色んな事に興味を持つようにしなさい、すべての美しいものを受け入れる心をもつようにしよう、と語っておられました。時には琵琶をまるでおしゃべりしているかのような自由な感覚で弾いておられたのがとても印象的で、やはりCDで聴くのとはまた違った大家の風格を感じました。途中で敦煌壁画の反弾琵琶のまねごとで、肩の上で「陽春白雪」の一節を弾いたりとなかなかユニークな方のようで、そういえばサインも自画像入りでおちゃめなモノだったなあ。

【百人楽団の演奏はいろいろと】

 さてコンサート当日。会場はAPECでブッシュさんもお泊りになったポートマンホテルの中。安いチケット(40元)なので2階の最後列。舞台が遠い~。劉徳海がばんばん弾いてくれるのかと思っていたら、プログラムを見るとたったの2曲。どうも今回のコンサートは彼の指導する中国音楽院附中の“百人楽団”を売り込みたかったようです。

 1曲目。彼の学生である2人による「草原小姉妹」。この女性琵琶デュオがタイトルの小姉妹の如くそっくりの振り付けで(きっと演奏より振り付けに時間かけたんだろうな、という完璧さでした)、弾く姿がとっても楽しくて、音楽そっちのけで注目してしまいました。

 続いて2曲、琵琶・揚琴・古筝・大阮・三弦の弾撥樂五重奏。ん~、悪くないんだけれど、音響が悪いのか席が悪いのかあまりよく聞こえなかったのと、楽器同士のバランスがもうひとつよくないように感じられました。技術はあるんだけどね・・・。次は琵琶独奏。楊靖による劉徳海作品「天鵝」。・・・音が硬質。コンサートホールとの相性かもしれませんが。

 その後中国少年弓弦楽団の合奏。これは打楽器以外すべての擦弦楽器で構成されている楽団で、高・中・ニ胡がいっぱい!。・・でも弾撥楽器も管楽器もないとやっぱりいまいち迫力に欠け、音程もふらふらしている感じ。しかも現代曲なんて演奏するもんだから聴いてつらかったよう。

【さて真打の登場】

 休憩をはさみ、いよいよ劉徳海の独奏。彼自身の創作による「滴水観音」と古曲「十面埋伏」。上音の講話で聴いたあのふわっとした空気のような自由な感覚が再びよみがえりました。「十面埋伏」というと、有名な歴史上の戦いの場面をあらわしたものですが、彼の演奏は“場面の描写”というより、“心理描写”というかとても高い所から1人の傍観者として静かに見つめているような、そんな印象を受けました。

 あとでプログラムの解説を読んだら、『音楽言語と“項羽”“劉邦”は直接関係はない。音楽を用いて“説話”を強調したいのだ』云々とあって、うーむさすがに琵琶大師ともなるとそんな境地に到達しとるんだね、とわからないまま妙に納得。やっぱりナマはいい。

 最後は劉徳海指揮で中国少年弾撥楽団の演奏。琵琶14人、中阮12人、大阮4人、楊琴4人、古筝6人、柳琴3人と打楽器・チェロ・ベース若干名による構成で、これだけの弾撥楽器が結集すると圧巻というより笑ってしまう。管楽器などのいわゆる“つなぎ”の楽器がベース・チェロだけなので、これだけの人数でうまくまとまるのか?と不安でしたが、演奏のほうはまずまず。

 擦弦楽器に比べ、弾撥楽器は強弱がつけやすいからでしょうか、曲としての完成度が高く感じられました。でも指揮は正直いって楽団い引きずられていましたね。しかし客席はずっとノリノリで、劉徳海の母上のご登場なんかもあり、3曲ものアンコールで楽しく締めくくられたコンサートでありました。

 

(01.10.15)
●コンサートレポート

 上海に来て間もない時期に「二胡百年」という記念演奏会と、上海民族楽団の演奏会がたて続けにあり、私も聞きに行きました。その様子をレポートします。

「二胡百年記念音楽会」(9月15日・16日)


 関連があるかどうか不明ですが、今年は香港を皮切りに北京、上海と続けて二胡の大規模な演奏会が開催されました(実は3月の香港版に行ってます)。上海版では江南地方周辺の著名な演奏家を中心として、1日目は小曲の独奏を、2日目は上海民族団の伴奏で二胡協奏曲オンパレードでした。

 出演者は9月15日が孔艶艶、林心銘、曹元徳、劉公誠、沈晴、王永徳、李肇芳霍永剛、欧景星、楊積強、朱昌耀、蕭白鏞、馬友徳、張鋭。16日が刑立元、段皚皚、邵琳、馬暁暉、馬向華、劉長福、閔恵芬

 なんか名前見てると大御所がちらほら・・・。ナマで観る(いや聴くか)のは初めてなので、姿だけでカンドーものでした。閔恵芬なんて両日とも司会までしていて、自分の演奏を自分で紹介していたのには笑えましたよ。

 1日目は独奏ばかりで、伴奏も揚琴かピアノといったシンプルなもので、それがかえって演奏者の個性を際立たせていました。あれだけ多くの人が競演すると各人の力量がわかってしまって、人によってはかなしい~ものもありました。個人的には朱昌耀がすごくよかった。

 江南独特のあの滑音のやわらかさ。ほんと彼の演奏は華がありますね。写真と同じ少しなよっとした姿と、八の字眉毛の笑顔が印象的でした。伝説的存在(?)の蕭白鏞cmも期待をかけていたのですが、調子が悪かったのか機嫌が悪かったのか、2曲の予定が「寒春風曲」1曲を演奏した後、さっさと舞台を降りてしまいました。

 もう1人注目してしまったのが、南京の欧景星という人。実は名前を聞くのも初めてでしたが、すごく美しい音色で、特にハーモニクスは絶品でした。しかも自作曲。CDあったら聴いてみたいな。そしてこの日のトリは御大、張鋭。古琴伴奏での「江河水」でした。80を過ぎているというのにシャキ~ンという感じで(でも腕までシャキ~ンと直線的過ぎ・・)、すごい音程なんだけど二胡への愛情が感じられる、味のある演奏でした。じーさん、生涯現役で頑張ってね。

 2日目。協奏曲ばかりでやや眠いような。しかし伴奏は上海民族楽団だ!ということで、実は伴奏(特に柳琴)ばっかり観てました。指揮者も3人交代で、正直曲によっては少々危ういところもあったり。が、後半劉文金が指揮に立ったとたんすごい緊張感がみなぎってましたね。指揮者でこんなに違うのか、とあらためて感じました。

 二胡のほうは第1部では上音出身組が4人続き、それぞれ表情豊かに演奏。第二部トップは北京の馬向華が「貴妃情」を演奏。この人香港でも二胡演奏会に出演していましたが、若手ながら堂々とした演奏っぷり。危なかっしいところが全然ありませんでした。続いて再び北京組の劉長福。中胡で「蘇武」を演奏。それまでずっと女性の演奏ばかり続いていたので余計そう感じるのでしょうか、華やかさはないけれど骨太でしっかりした音色に安心感を覚えました。

 ラストはいよいよ閔恵芬の「長城随想」(三、四楽章のみ)。期待が大きかっただけに迫力の弱さにちょっとがっかり。でもCDと全く同じ音だ~と変に感動していた私。2日間を通じて大家の演奏をまとめて聴くことができて、非常に貴重な体験でした。他の楽器もやらないかなあ・・。

 しかし!驚いたのは中国の観客のマナーの悪さ。演奏中の出入りは言うにおよばず、大声でしゃべるわ、携帯は鳴るわ、子供は走り回るわ・・・。注意しなければならないはずの大人からしてビニール袋をガサガサ鳴らしてお菓子を食べているんだもん、こりゃだめですわ。おまけに座席番号なんてまるっきり無視して、最初から違う席に座ったり。そう中国では高い席を買うだけ損かも。でも頼むから聴きたい人の邪魔をしないでくれといいたい。


「金秋楽韵・上海民族楽団演奏会」(9月24日)

 最近ダレているというウワサの上海民族楽団。この日もどうしようかと迷いつつも行ってきました。プログラムは合奏のほかに琵琶独奏、中阮協奏曲、二胡協奏曲など。あとまたまた閔惠芬の二胡独奏も聞くことができました。この日の彼女の演奏は「江河水」、そして楽団との合奏で「賽馬」。これがまたニコニコ顔でノリノリの演奏で、すごく楽しそうでした。

 私の一番の目当ては中阮協奏曲「雲南回憶」。かねがねナマ劉波を見たかったんですよ。一部楽団とリズムが合わなくてはらはらしましたが、さすがキメるところはちゃんとキメていました。留学生の中に彼女に中阮を習っている男の子がいまして(彼もすごく上手い)、内心うらやましい私なのだ。

 最後は二胡協奏曲「梁山伯と祝英台」を馬暁暉の独奏で。もう手に汗にぎるオソロシさだったんです、独奏も楽団も。私見ですが、どうも意図的に調を変えていたようで転調の部分がギクシャクしていました。馬暁暉がテクニック不足で原曲どおりの調では弾けなかったのかも?プロでもこんなことがあるんですねえ。アンコールの「花好月圓」で最後は持ち直していましたが、「梁祝」で終わっていたら金返せといいたくなるあと味の悪さでした。

 でもこの日は一つ収穫がありました。日本にいるときひそかに注目していた柳琴奏者がいて、なんとその人が上海民族楽団の首席柳琴をつとめていたんです。王艶というまだ若い人ですが、とても音色が美しくて合奏中も目立って(私の中では)いました。私もあんな音が出せるようになりたいな。というわけで今後も演奏会があればちょくちょく通うつもりです。

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