さあて、新学期が始まりました。・・といっても、授業は9/22からやっと開始。しかも一回目の授業は班分けだとか説明だとかで、実質の授業は10/1の国慶節の休み以降10/8から、という感じです。新学期からの様子はおいおいご紹介させていただきますね。 |
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Y老師との出会いまでの経緯
今でこそ「柳琴専攻です」なんて看板をかかげていますが、元々は二胡をやっていた私です。・・というより日本でまともに習ったことがあるのは二胡だけというか。柳琴や中阮に関しては、日本で誰ひとり専門奏者がいないのではるばる上海に来て学ぶしか方法がなかったわけです。
私が偶然二胡を手に入れた頃なんて、関西ではまだはしりの時期で、学生もほとんどいませんでした。現在、二胡に関しては「流行」とも言い切れるほど、先生も学生も日本中に山のようにおられますよね。だもんであまのじゃくな私、皆がやってるのでアホらしくて嫌気がさし、折からその低音の美しさに惹かれて中阮を手にし、オケに参加し始めたのでした。・・でもいつの間にか柳琴パートになっちゃったんですけどね。
私が日本で習っていた二胡の先生は、中国音楽に関して、各地方の風格とか二胡の微妙な演奏法、例えば滑音やビブラートの緩急や密度の違いに始まり、いろんな事にとてもこだわりをもって教えて下さった方でした。その時に得た知識や考え方が現在とても役立っており、先生にはとても感謝しています。たぶん、二胡しか学んでいなかったら、私は中国に留学しようとまでは考えなかったかもしれません。
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柳琴で上海に留学しようと決心した際、二胡に関しても長年やっているのに、ここであっさり切ってしまうのも勿体無いなと思い、同時に二胡もしっかり学ぶ腹づもりで、楽器だけは日本から持参していました。当初の予定では、大学の著名な二胡教育家、W老師に学ぼうと思い、学生に頼んで紹介してもらおうとしましたが、「紹介してもいいけど、あなた柳琴専攻でしょ。第二専攻でなんて・・・」と、著名なW老師に対して失礼ではないか、というニュアンスで断られてしまいました。
当時、私も中国語がほとんど話せなかったし、確かにそういう状況下では紹介してもらった人に迷惑をかけるだけかもしれないと思い、とりあえずは断念。以降、いろんな人からの話で、どうもW老師は私が学びたい内容とは違った方向性のようだということがわかり、今となってはそれも良かったのかもしれない、と思えます。
紹介は次々に断られる
次に、音楽学専攻の学生が二胡をWZ老師に習っているとききつけ、紹介してもらう機会をうかがっていました。WZ老師はすでに音楽院を退職された方で、授業内容には定評のある老師でした。私はちょくちょくその学生をせっつき、紹介してくれと頼んでいましたが、結局無視されて、結果として他の二胡の学生をWZ老師に紹介してしまいました。
理由は尋ねていないのでわかりません。でも後に、紹介された当の二胡の学生から「だってあなた二胡専攻じゃないじゃない。誰だってそう思うわよ」とまで言われ、「ああ、またこの、第一専攻かそうでないかの問題か」と、本当に口惜しい思いをしたのが忘れられません。
仕方なく(っていったら失礼ですが)、日本の先生に「とにかく誰か先生を紹介して下さい〜」と泣きついた時には、上海に来てすでに半年以上が過ぎていました。長い空白期間に焦りが加わり、自分でちょくちょく二胡の練習はしていたものの、弾いてても訳がわからなくなっていた状態でした。
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そしてY老師とのレッスン開始
Y老師との初対面の様子は以前にも日記で書きましたが、とにかく物腰がやわらかで、その雰囲気だけで和んでしまいます。レッスンの時も同じで、学生を千尋の谷に突き落として鍛え上げる呉強先生とは、対照的といえます。
最初のレッスン。ざっと私が弾くのを聴いて下さり、「うーん、特にすぐさま直さなくてはならない問題もないようだ」と、とりあえず二ヶ月ほどずっと練習曲を宿題に出されました。その後、私が日本で独奏曲をほとんど習った事がないというのを知り、「じゃあ曲をやっていこう。その過程で大きな問題がでてきたら、それはそのつど解決していけばいい」と、まず先に劉天華作品の中から、よく弾かれる7曲を順に、それが済んだ後は考級曲目を順にクリアしていく、そういう方針でいくことになりました。
先にも述べたように、日本での二胡の先生はとても曲に対するこだわりの大きい方であったため、1曲を習う際は1レッスンに4小節とか8小節単位で、滑音だとかの区別等を徹底的に教えてくださっていました。おかげで1曲仕上げるのに1年や2年かかったこともあります(まあ私自身も不真面目でほとんど練習なんてしてなかったから進度が遅かったのかも)。
ですから、中国の先生というものは、そうやって学生にみっちり教え込むのだと思いこんでいました。だものでY老師から最初に曲を宿題として与えられた時、まさかいきなり全部通しで弾かされるとは思いもよりませんでした(一応準備してはいましたが)。宿題を与えられたら次のレッスンでは全部弾けていて当たり前。今までそんな経験がなかったので、最初はとまどいました。どうやって弾くか、曲の構成から何からもちろん自分で考えなくてはなりません。日本ではいかに過保護であったか、痛感しました。
CDなどの音源があるものは、それを聴いて考える事も出来ますが、困るのは音源が無い曲。上海の考級曲目集にはちょいちょいそんなのがあって、どう弾くべきなのか、とても悩みました。今までそういう経験をしていませんでしたから。でも何曲かこなしていくうちに慣れて来て、次回レッスンで初めて答え合わせをする時、まあまあ近い所まで(いや、そーでもないか・・)もっていけるようになりました。
去年は田舎に住んでいたので、やれ柳琴や中阮のレッスンだ、やれ公安に行くだのと、外出の度にとても時間がかかり、帰宅しても疲れて練習にならなかった事もありました。そのたびにしわ寄せが来るのはたいてい二胡の練習時間。でもそれはそれで、短い時間のうちに曲を仕上げる、いい訓練になったと思います。
最近はできるだけ前もってCDなどを聴かないようにし、先に自分で楽譜を見て色々考え、何度も弾いて自分なりの処理ができてから、最後に答え合わせとしてCDを聴くようにしています。先にCDを聴くと影響されるし、自分でまず曲を把握してから聴いた方が、耳に残りやすく細かい所まで確認できるような気がします。というより二胡だと音源が多いので便利だけど、柳琴や中阮だと聴いたことがない曲がほとんどなので、自分で考えるしかない。これはとても良い思考訓練になるので、二胡でもそうしているのですが・・・。
教え方さまざま
Y老師は、日本での二胡の先生や呉強先生と違い、ひとつひとつを細かく(うるさく?)言うわけではありません。技術的な問題に関しても、「自分で何度も弾いているうちに、身体が自然な形で習得するもんだ」と、手の形がどうだとか、特にああしろこうしろと言われません。逆に、形について強制する事は生徒の自然な成長を妨げるからと、不自然な形でない限り注意もしません。
その代わり、音については「必ずこの音を出せ」と要求されます。例えば最近ずっと陜西の曲、「迷胡調」「紅軍哥哥」「秦腔」を続けて習っているのですが、陜西の曲のあの独特の激しさと味を出す為に、例えば「迷胡調」ではいきなり最初の音から、破裂音のようなアクセントと圧弦を同時に行なわなければいけません(先生の弾き方ではね)。
破裂音アクセントについては、日本での先生に他の曲でもさんざん言われ続けていましたし、昔唯一習った陜西の民歌「翻身道情」でもそーいや口酸っぱくいわれたなあ、なんて思い出しながら必死でその音を出そうとするのですが、いまいち迫力に欠ける音しか出て来ません。Y老師は「まーだまだ」と微笑みながら、私が確実にその音を出せるまで我慢強く何度もトライするのを許して下さり、やっとそれらしき音が続けて出るとにっこり笑って「それだ!
後は自分でやっておいで」。
地方の風格性が比較的少ない曲については、あまり老師も細かくどうこう言われません。もちろん曲全体のバランスを整える為の指摘や、あまりに懸け離れていたりすると「ここはこうすべきじゃないか」と注意はありますが、細かい処理については「僕のとはちょっと違うけど、君のは君ので悪くないから」と、敢えて学生の感性をそのまま生かそうという方針のようです。
しかし地方の風格が濃厚な曲についてはかなりこだわりを持っておられて、滑音の種類やちょっとしたタイミングについては厳格で、こちらは模倣しているつもりでも「・・・不好」とぼそりと声がかかります。同じ「不好」でも、呉強先生の場合「!」マークが後ろに三つくらい付くので、「ヘタクソー!!!」と言ってるようにしか聞こえないのですが、Y老師のやや間延びした言い方だと「うーん、もうちょっと何とかならんかなあ」くらいに優しく聞こえ、「先生、どう不好なんですかねぇ」とこちらものんびり尋ね返す。こんな感じで毎回和やかな雰囲気でレッスンが進んで行きます。張りつめた空気で一瞬とて気を許せない呉強先生とのレッスンと比べると大違い。ただ生徒にとってはどちらが良いのかはわかりませんが・・・。
これもひとつの縁
Y老師の親戚には有名な人が多いのですが、はっきりいって御本人は無名です(・・でも某考級曲目集にはY老師の作曲されたのが1曲だけ載っているのですがね)。昔に音楽学院を卒業されているのですが、「僕はかなり大きくなってから二胡を始めたから、技術に関してはあんまり上手いとは言えないんだ」と、御本人自らおっしゃっています。
ですがY老師の演奏には、流暢とはいえませんが一種独特の風格があります。その辺り、日本での先生と共通するところがあり、今まで日本で習っていた内容と方向性が似たような感じで、また、いろんな楽器にはじまり、多方面に興味があるってこと自体がちょっと自分と似ているかも、と思ったり。
ある日、常々頭のスミにあった、こんな質問をぶつけてみたことがあります。「私は二胡が第一専攻ではありませんから、全ての精力を二胡にかたむけているわけではありません。先生にとってはこういう生徒を教えるのは、あまり嬉しくないのではありませんか?」
その質問に何の躊躇も無しに「そんなの全然関係ないよ。僕だって昔は古琴やら琵琶やらバイオリンにトランペット、他にも色々習ってたからね」と笑いながら即答してくださった老師。先に述べた専攻の問題で口惜しい思いをしてきましたが、こうやって私をひとりの二胡の学生として受け入れて下さる、そのことがとても嬉しく感じられます。決して有名ではないけれど好意的なY老師と出会えて、これはこれで良かったのかもしれないなぁと思えるようになりました。
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