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モモの音楽日記旅行・その他

 
 アイルランドに行ってきました・後編 15.9.28

 音楽に携わる者として、旅に出ればその地の音楽に触れたいと考えるもの。私には妙な習性があって、旅先に音楽学院があると知れば覗きたくなるのです。中国各地はもちろん、ツアーで行ったウィーンなどでも構内にずかずか踏み入ったという・・・
 

ロンドンの王立音楽大学と王立音楽アカデミー
 
 二年前のロンドンでは王立音楽大学と王立音楽アカデミーに行きました。どちらも楽器博物館があり、一般人も入れるようになっています。建物の中でうろうろしていると、学生に「もしかして迷ってる?」と声を掛けられ、出口まで案内してもらったり。何でバレたんだろ(笑)

 今回、ダブリンにもトリニティカレッジの近くに音楽学院があるということで、市内観光ついでに見に行ってきました、アイルランド王立音楽アカデミー(という訳でいいんでしょうか?)。


ダブリンのThe Royal Irish Academy of Music
 
 むむ、何だか個人のお宅のような門構え。ガラス張りではないから中が窺えないし。思いきってドアを開けて中に踏み込む勇気もなく、結局は外から写真撮影だけで終わっちゃいましたが・・・。音楽学院ではコンサートなどもよく開催されているので、興味ある方はそんな時を狙って構内を見学するのもよいかも。

 ほかに、音楽関係で外せないのはCDショップや楽器店。「地球の歩き方」にも楽器店の場所が載っていたので、せっかくだからと冷やかしに・・・いや、正直に言っちゃいましょう。その楽器店のサイトで前もってチェックしており、できれば購入してやろうと目論んでいたモノがあったのです。


 
 それがこの楽器、アイリッシュブズーキ。もともとギリシャを中心とした地域で用いられていた撥弦楽器で、のちにアイリッシュ音楽にも取り入れられ、改良が加えられたものです。マンドリンのように複弦4コースで、弦長はギターとほぼ同じ。

 何でこの楽器が欲しかったのかというと・・・中阮に似て非なるモノだから、でしょうか。同じ四弦で、調弦も中阮は低弦からGDGD、ブズーキはGDADと音域も同じ。なのに、音色は中阮と全然違って柔らかく響きます。

 この音色の違いが即ち民族の嗜好の違いなのでしょうね。中国では、例えば白居易の『琵琶行』にみられる描写「大珠小珠落玉盤(大小の珠が皿に散らばり落ちる)」の如き、清脆な(澄んではっきりとしている)音が求められる傾向にあります。

 私自身も中国音楽にどっぷり浸かっているもので、クラシックなど中国音楽に比べ角がとれた音楽を聴く度に物足りなく思っていました。が、同時に「本当に上手い人は柔剛併せ持つ」ことも感じており、違うジャンルも勉強して表現の幅を広げたいなと。

 留学中、無料だったクラシックギターのグループレッスンも受けてみて、アプローチの違いに興味はあったものの、特に惹かれる音色ではなく続けるに至らず。最近になってブズーキの生演奏を聴く機会があり、華やかな響きに「これだ!」と思ったわけです。

 とはいえ、購入したブズーキは弦の張力がかなり強く、しかも大阮と同じ弦長なので指がついていかない・・・細めの弦を譲って頂いて張替えたり、駒を動かしたりと微調整を加えながら、ぼちぼち学習中。いつか成果をご披露できればと考えていますが、それがいつになるのかは全く不明です(泣)

 二年前のウェールズ旅行より、旅ブログ始めています。今回のアイルランド旅行も順次載せていく予定(が実はまだウェールズ編も書き終えてません)。良かったら立ち寄ってみて下さいね♪

●旅行の神様がほほ笑むとき
http://tabigami.blog.fc2.com/


 
 写真はロンドン・ベーカー街のホームズ博物館に展示してあった、中国のドラ。ホームズにこんなの出てくる場面、ありましたっけ?

******************** 告 知 ********************

 6月の中国音楽コンクールにて、名張の二胡サークル「長弓の会」が銀賞を受賞したことを記念し、ミニコンサートを開催します。

 日時:10月4日(日)午後1時より約40分
 会場:名張公民館 (三重県名張市上八町1321−1)

 コンサート終了後、続いて通常のレッスンを行いますので、興味のある方は見学もご自由にどうぞ。長弓の会ではただいま会員熱烈募集中です!!


 
 アイルランドに行ってきました・中編 15.9.14

 

 
 滞在中はずっとダブリンに宿を取り、ダブリンから毎日のように現地ツアーに参加していました。ある日は北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェイ、またある日はモハーの断崖、そしてまたある日はブラーニー城、などなど。ニューグレンジやタラの丘にも行ってまいりました。


 
 上の写真は、ツアーで立ち寄った都市コークにて路上ライブをしていたバンド。特に左利きのギターの男の子、めちゃくちゃな弾き方をしているのにやたら上手かったのが印象に残っています。いつか大物になれますように・・・

 ダブリンには連泊していたにもかかわらず、実際に市内観光の時間が取れたのはたったの一日。効率よく廻らなくては、とまずはトリニティ・カレッジへ。ここの図書館は「ケルズの書」が展示されていることでも有名ですね。朝一番のせいか比較的空いていてゆっくり見られました。


トリニティカレッジの図書館
 
 図書館のロングルームには膨大な量の本が並んでいて、これは本好きにはたまらない空間ですね。アイルランドに現存する最古のハープといわれる「ブライアン・ボルーのハープ」もここに展示されています。


ブライアン・ボルーのハープとギネスビール
 
 ハープはアイルランドのシンボルのひとつ。ユーロ硬貨は国によってデザインが違い、アイルランド発行のものはハープの絵柄なのが、音楽に関わる者としては嬉しいところ。またギネスブックやビールで知られるギネス社のマークにもハープが使用されています。

 美術館や博物館でゆっくりした後、CDショップで店員さんにおススメを尋ねながらアイルランド音楽のCDを購入。せっかくアイルランドまで来たんだから、楽器屋さんも覗いてみようかな、と思い・・・詳しくは後編にて。

 写真はダブリンの通りに設置してある街灯。なんだかホルンがぶら下がってるみたいですね。



 

 
 アイルランドに行ってきました・前編 15.8.3

 弾撥発表会を終え、ひとまず肩の荷も下り・・・少しだけ頑張った自分へのご褒美として、十日ばかり海外に高飛びしてまいりました。

 行先はアイルランド。そう、英国のお隣にある島国です。何でアイルランドなのかって?…うーん、アイリッシュ音楽は元々好きというのもあり、二年前にウェールズに行って以来スコットランドやアイルランドを制覇したくなったのもあり。

 とはいえ一体どこに行くか全く決めておらず、半年前に関空-ロンドンのチケットだけ購入し、具体的にどこに行くかは出発の一週間前に慌てて計画を立てだしたという(笑)。ま、二年前の旅行も風の向くまま出たとこ勝負的でも何とかなりましたからね。

 が、ネットなどで行きたい場所への交通手段をざっと確認すると、鉄道があまり発達していないアイルランドではバス移動が主で、それで旅程を組むと移動ばかりに時間をとられそう。という訳で、ダブリンに連泊して現地ツアーに参加することにしました。


フェリーでダブリンへ
 
 ロンドンに二泊した後、鉄道で北ウェールズのホーリーヘッドへ行き、そこからフェリーに乗って約三時間(便によっては二時間で着きます)でダブリンへ。この日の宿はテンプルバー、つまりパブが集中しているエリアど真ん中にあるホステルを取っていました。


パブ兼レストラン兼ホステル
 
 男女共用ドミトリー、15ユーロ(ベッド10台)&20ユーロ(同4台)。二年前のウェールズで女性用ドミトリーは経験済みではあるものの、男女共用ってどうなの…?と思いましたが、私にとっては安さが一番。まあベッド4台の部屋で朝起きたら残り3台すべて若いお兄さんがパンツ一丁で寝てた、というエキサイティングな場面もありましたが(笑)、皆さん案外マナーは良かったですよ。

 さて、夜はパブへ!! このテンプルバー周辺のパブでは毎晩のようにライブをやっていて、飲み物だけでもオーダーすればかぶりつきで聴くことも可能です。ソフトドリンクもありますから、私のようにアルコールが駄目な人でも大丈夫。実を言えば扉が開けっ放しなので、店の外から聴くだけでも十分タダで楽しめますけれどね(笑)。


パブでのライブ
 
 写真は初日に行ったパブのライブ。ギターとイーリアンパイプス、そして男女のダンサーという組合せ。曲はほとんどトラッドを演奏していて(と思う。)、歌あり踊りありバウロンのソロなどもまじえ、1時間弱のステージは大いに盛り上がりました。

 別の日に覗いたお店ではギターとバンジョーの二人組で、アイリッシュというよりは「アメリカン・パイ」なんかの懐メロ大会になっていました。70年代に青春を過ごした世代が、もう熱狂的にノリまくっていましたね。皆それぞれの思い出と共に音楽が結びついているんだろうなあ・・・

 外は外でストリートミュージシャンも多く、またほとんどのパブは深夜2時ごろまでやっているため、私が泊まったホステルの周りも夜中まで騒ぎが続いています。サバイバル体質な私は平気ですが、敏感な人ならうるさくて寝られないでしょうね、きっと。


リバーダンス
 
 他に、アイルランドといえばアイリッシュダンス。中でもリバーダンスの舞台は全世界で有名になりましたよね。街角の広告で7/23から8/30までダブリン公演をやっていると知り、行きたいな~と思いましたが・・・

 ほとんど毎日日帰りツアーに参加し、早朝に出発して夜遅く帰着していたものですから公演時間に間に合わないんですよね。唯一、早く帰れた日はたまたま休演日。春に来日公演を観に行ったばかりとはいえ、本場の舞台を体験できなかったのは、とっても残念!

 
 北京にも行ってきました 13.8.19

 英国旅行のことを前回の日記で書きましたが、帰りに北京にも行ってまいりました。
 
 関西空港からは英国への直行便が無く、北京経由便を利用ついでに一泊してきたという訳です。上海へは毎年行くけれど、たまには北京で資料集めもいいかもと思って。

 北京は久しぶり。確か2004年の第一回柳琴学会に行ったのが最後だから、9年ぶりになります。正確には4年前に広西に行った際に北京を通過しているんですけれどね。

 しかし暑い。まだ朝なのに、ホテルまでの道のりで既に汗だく。北京は日本よりは乾燥しているとはいえ、英国に比べると湿気が体中にまとわりつく感じ。ホテルの部屋にクーラーがあってホッとしました。英国は基本的にクーラーなんて無かったから毎日暑くて暑くて。

 涼しい部屋でじっとしていたい気持ちを抑え、楽譜やCDなどの資料集めに中央音楽学院へ。敷地内にある、天天芸術という音楽専門店が目当てです。会員カードを持っているので割引価格で買えますし♪ここで昔習った古琴の老師のCDなどをゲットした後は、北京在住の知人に教えて頂いた道路向かいのお店へも。

 その後は王府井へ。王府井書店をざっと見回り、次に東安門大街あたりの音楽書店を探し・・・あれ、無くなってる。小さい店だったから時代の波には勝てなかったんだな、と道路向かいを見やれば、通りの端から端までずらりと並んだ屋台街が。

 屋台って見ているだけでテンション上がりますね♪小腹も空いてきたので何か食べ・・・ん、この串刺しの茶色いのは何だろ? とよく見ると。

 蛹でした。げ。他にもサソリにムカデに蛇に蜘蛛(タランチュラ級のデカさ!!)と、ゲテモノのオンパレード。やっぱ毒のあるものを食べて暑気払いするんでしょうかね。指の先くらいの小さなサソリくらいなら齧ってみてもいいかな、とも思いましたが勇気が無くて、結局フツーの小湯包に(汗)。


見るも恐ろしげなのがずらり   

♪京華風韵・北京交響楽団経典作品音楽会♪


 夜は国家大劇院でコンサート鑑賞。国家大劇院は北京オリンピックの前年に建てられたもので、天安門の近くにどどーんと鎮座しています。この日の演奏は一番大きなホールである、歌劇院で行われました。

 この大劇院、内装も豪華でギャラリーなんかもあり、いかにも「国家の威信をかけて造られました」という雰囲気がにじみ出ています。が、目的のホールまで延々と歩かされるわ、入口では「水持ち込み禁止」で飲料は没収されるわ、そこからホールまでに飲水器はあるものの、辺りは水と紙コップが散乱する始末。しかも係員の態度がやたら命令口調だし。

 入場すれば入場したで、だだっ広い場内なのにエスカレーターが端にしかなく、しかもそれが中国の「半周回らなければ次階に行けない式」とくれば、もう演奏を聴く前から既にぐったり~トイレ(トイレこそ文化程度が表れる場所ですよ!)も狭くて綺麗でないし。

 つまりは見かけは立派でも、利用する人の効率を全く考えずに設計されているんですね。大きければ、豪華であればOKという発想です。昔ならともかく、今この時代にあって人間工学やユニバーサルデザインなどという概念がないのか中国!?

さて演奏曲目は下記の通り。

・郭文景: 序曲≪蓮花≫
・張千一: 管弦楽組曲≪雲南随想≫
     第一楽章 胡蝶泉情歌
     第二楽章 尼西的青稞架
・方可傑: 熱巴舞曲
・周龍:  ≪京華風韵≫
     1.鐘鼓風
     2.廟会風
     3.京韵風
     4.急急風
 
 北京交響楽団なのでいわゆる西洋オケですが、この日の演奏曲はすべて民族テイストの曲。舞台の背景に中国陶器などの美しい映像を流していて、とてもオシャレな感じです。が、管楽器が鳴った途端・・・がっくし。

 上海に留学した時から感じていましたが、中国は弦楽器は悪くないのに管楽器だけは恐ろしくレベルが低い。気持ち悪い音程でへにゃへにゃ~と始まり、前半はずっと音程のみならずリズムもおかしなままでした。頼むからソロ吹かんでくれ(怒)

 そんな演奏であっても、張千一の組曲は美しい。いつもながら私の感動のツボを刺激する作曲家です。ちょっとワンパターンではあるけれど。ま、この人の曲は弦楽器メインで管楽器がそんなに活躍しないので聴けたのかも(笑)。

 後半あたりから管楽器パートも少し持ち直し、まあまあ聴けるレベルに。最後の曲で充分に盛り上がり、アンコールにちょっと不思議アレンジの≪茉莉花≫も用意されていて、まあ終わりよければすべてよし、というところでしょうか。

 しかし久々の北京、何度来てもなかなか慣れないですね。上海のような小じんまりした街と違い、道路はやたら広くて表示が見えないし、景色の変化に乏しいせいか、歩いても歩いても目的地に辿り着かない感じがする・・。

 あと今回は当たりが悪かったのか、大劇院の係員から地下鉄の係員、そしてマックの店員に至るまで、人に接するとも思えないような乱暴な言葉を吐く人が多くて最悪でした。一般の人々は優しい物言いをしてくれるのに、制服を着ると性格が変わってしまうのでしょうか。

 上海でも怒ったような言い方をする人は多いですが、こちらがニコニコして最後に「謝謝」と付け加えれば、言葉で「不客気(どういたしまして)」と言わなくても眉を上げたりと挨拶くらいはしてくれるものです。でも北京ではずっと怒った口調のまま、表情のまま。

 北京の前に行った英国とはずいぶんな落差だなあ・・。英国と中国、おなじ観光国として、そして同じく最近にオリンピックを開催した国として、文化の習熟度を比較せずにおられません。

 でも振り返って日本を見れば、あんまり中国と大差ない気もします。欧米人とそれ以外の人とでは態度を変える、公共の場での自分さえよければな態度、いい歳をして他人にろくに挨拶もできない日本人。・・・せめて外国人が日本を訪れた時、「また来たいな」と思ってもらえるような国にしたいものですね。


 
 英国に行ってきました 13.8.6

 発表会を終えて、ちょっと気分転換に英国へ10日間ほど一人旅をしてまいりました。

 毎日何かしらハプニングの連続で、沢山の人に助けられたこの旅行。いずれ機会を改めてご報告するとして、このモモ日記では音楽に関する事柄のみご紹介しますね。

 ロンドンではケンジントン公園のすぐ近く、休暇期のみ旅行者に開放されている大学の寮に宿泊していました。この辺りはヴィクトリア&アルバート博物館や自然史博物館など博物館が立ち並ぶ界隈。ロイヤル・アルバート・ホールのすぐ裏にある寮の、目と鼻の先に王立音楽大学が立っています。

 ロンドンにはこの王立音楽大学 Royal College of Music(RCM)の他に、王立音楽院(王立音楽アカデミー)Royal Academy of Music(RCA)というのがあり、日本語訳だけ見ていると何ともややこしいです。

 まがりなりにも音楽に携わっている者としては、ちらっとでも覗いてみたいところではありませんか。以前ウィーンに行った時にも音楽学院(たぶん旧ウィーン市立音楽院)へ出入りする学生に着いて校内へ侵入した前歴もある私(笑)。

 調べたところ、それぞれに楽器博物館が併設されているようなので行ってみることにしました。まずは寮の近くの、王立音楽大学(以後カレッジと呼びます)から。


カレッジの楽器博物館    

 どちらかというと狭い空間に、色んな国と時代の楽器が2フロアに渡って所狭しと並べられています。携帯ピアノのオルフィカなんかもありました♪日本の楽器は胡弓(三味線ではなく。)と笙だけでしたが、展示物はその時々で変えているのかな?

 どういう意図で整理・陳列されているのか少々わかりにくく、またすべての楽器に解説ラベルが付いている訳ではなかったので、資料の価値はあるでしょうが博物館の展示としてはイマイチ、という印象でした。

 もうひとつの王立音楽アカデミー(以後アカデミーと呼びます)の博物館は、西洋楽器が中心。弦楽器やピアノはそれぞれに独立した展示室、そして楽器工房が設けられています。   


  アカデミーの楽器博物館   
 
 弦楽器コーナーではリュート類の他、ストラディヴァリやアマティの楽器などが展示されていました。まあ私なんかが見ても猫に小判というやつですけどね(笑)。

 ピアノコーナーはちょうど学芸員が他の客に解説しているところだったので、一緒に聴いていました。英語だからわからないだろうって? いえいえ、専門用語などは日本でもカタカナを使いますし、実際に楽器を弾いての解説(!)だったので、昔のスクエアピアノから現代のグランドピアノまでの進化の過程がよくわかりましたよ。

 カレッジもアカデミーも、観光スポットのすぐ近くですから、時間があればついでに寄ってみられてはいかがでしょうか。それぞれ学内にショップも併設されていて、名前入りのバッグやペンなどのグッズも買えますよ♪

 ※写真については、メモリーカードの不良のため、ほとんどが小さくぼやけた状態でしかアップできなくてすみません。

★王立音楽大学 Royal College of Music(RCM)

     
 住所:Prince Consort Road, London SW7 2BS
 
 最寄駅:地下鉄South Kensington駅より北へ徒歩約10分
 
 ここの開館時間については案内書のをそのまま載せますね。誤訳するといけないので(汗)

 weekdays 9:30am-5:30pm in term time.(10:00am-1:00pm and 2:00-4:30pm out of term time.closed for Christmas and Easter periods.)

 ↑と書いてあるのですが、夏期休暇中の平日朝に行くと「11:30から4:30まで」と言われました。あれれ?・・・なので行く前に確認される方がよいかと思います。

★王立音楽アカデミー Royal Academy of Music(RCA)

     
 住所:Marylebone Road, London NW1 5HT

 最寄駅:地下鉄Baker Street駅より東へ徒歩約10分

 開館時間:平日11:30-17:30 土12-16:00 日祝休み

  反日運動&一日旅行 05.5.23
 歴史的事実を知ることは大事

 気がつけば五月も半ばを過ぎ、上海に来てからあっという間に三ヶ月が経ってしまいました。メーデーから一週間、学校もお休みだったのですが何かと忙しく、疲労がたまって数日寝込んでしまいました・・・。この日記も書きたい事はいっぱいあるのに止まったままであります。コンサートレポート、授業のこと、その他諸々。うむむ。気長にお付き合いくださいまし・・。

 さてこのところ中国で反日の嵐が吹き起こったのは皆さんご存知の事と思います。皆さんから御心配のメールを多数いただいて、日本ではかなり大々的に報道しているんだな~、というのを知りました。

 ここ音楽院の中に居ると、全然情報が伝わってこないのですよね。前にもお話しした通り、私のパソコンは中身が重くてちっとも動かないのでサイト検索も容易でなく、情報収集はすべて日本人同学から入ってくるニュースのみ。

 なぜなら。ここ中国では以前よりマシになったとはいえ、やっぱりあるんですよ報道規制が。デモ行進の様子なんてのは絶対テレビでは放映しませんもの。ましてや上海で日本人留学生が殴られただとか、日本料理店だか何だかが破壊されただなんて都合のよろしくない事、報道するわけがありません。

 しかし反日デモを行う彼らの気持ちも理解できなくもないのです。当時日本が韓国や中国に対して行ったのは侵略でしかないし、それを「進出」と書き換えれば意味が全然違ってきます。被害国にすれば「日本は過去の事実を後世に正しく伝えていない」と思って当然だし、「歴史的事実をねじまげた」と抗議の声をあげるに決まってるでしょう。

 日本は大戦の被害国でもあります。アメリカが日本に原爆を投下したという事実、これは日本人なら知らない人はいません。でも例えばアメリカが「原爆を投下したのは戦争を終結させる為に必要だった、原爆のお陰で戦争の泥沼化が避けられたのだ」なんて言うのを聞いて、日本人として何も思いませんか? また、原爆の事を知らないアメリカ人も大勢います。もし彼らに「原爆?何それ?アメリカが日本に?そんなはずないよ」などと言われたらどうですか?

 反日教育の煽りは別として、小泉さん・・


 中国も同じだと思うのです。加害国である日本から「侵略や虐殺の事実は無かった」なんて言われたら、そりゃまあ腹も立つでしょうね。また日本人はこういったことに関心が薄く、「カタい事なんて考えずに人生楽しく過ごそうよ」と、話題を避けようとする人がほとんどですし。

 中国人は、とても自分の国に誇りを持っています。小さい頃から愛国心を植え付けられて育っているのです。日本人はどちらかというとそういうのは苦手ですよね。戦前戦中の愛国教育が強烈であったため、敗戦後はその反動で愛国心というものをむしろ恥じるようになってしまいました。

 そして同じく小さい頃から植え付けられるもの、それが「反日(中国では抗日といいます)」なのです。小学校の教科書などにも、近代中国建国の英雄の逸話が沢山紹介されており、彼らがいかに日本の侵略を阻止すべく戦ったか、感動的に語られています。そして英雄の勇敢な行為を讃えると同時に、日本が悪の象徴のように描かれています。・・・でもこれって昔の日本の愛国教育そのものなのでは・・?

 今の中国もかつての日本と同じなのかもしれません。広大な中国、国内ではますます貧富の差が広がり、貧しい内陸部では暴動も起きかねない状況ですし(すでに小さな暴動は頻発しているという話ですが)、日本を中国人共通の敵に仕立てる事によって、国内の不満を他にそらせるように仕向けているのかもしれませんね。

 教科書問題のニュースを見ていると、ちょっと煽りすぎてない?といいたくなるくらいです。事が大きくなれば外圧に弱い日本政府も歴史問題や領土問題に対して動いてくれるんじゃないか、うまくいったら儲けもん、というところでしょうか。でも結局迷惑をこうむるのは我々在中の日本人なのですよね・・・殴られた留学生にしろ壊されたお店にしろ。

 外国に住む人たちは、良くも悪くも、自国を代表しているといえます。中国に居る我々は、中国人にとっては日本人の代表そのもの。うかつに軽率な行動をとれば、「ほらみろ、日本人はあんな奴らばっかりだ」と指をさされるのは必至ですし、自国に居る時以上に言動に気をつけなくてはね。

 ・・・でも頼むから小泉さん、そろそろ靖国神社参拝を止めてくんないかなあ。肩身狭いんだよなあ。それに何といっても中国は大国、大きな市場だってのに、これから上手い事関係作ってかないと日本の将来、真っ暗だと思うんですけど。


  緑と新鮮な空気の中で無錫旅行を楽しむ

 無錫一日旅行

 出発から遅れて、ついたら昼・・

 上海では大々的にデモが行われた4/16、一部地区では「日本人外出自粛令」(?)が出ていた様ですが、その日はちょうど留学生の一日旅行がありまして、朝早くから出て行っていたものでデモの様子もよくわからずじまい・・・。

 毎年一回、留学生の為の旅行が企画されるのですが、以前は一泊旅行も多かったのに、年々ケチくさくなって今年は無錫日帰りの旅。まあタダ(といっても昼食は各自自前なんだよね~)なのでまだ良しとせねば・・・。

 朝7:00に宿舎前に集合。でも前もって出欠をとった上でバスを予約したはずなのに、当日になって一人二人増えたりするのね何故か・・・。補助席もない狭いバスなので、席の無い人は部屋に戻って椅子を取って来てそこに座ったり(笑)。そんなこんなで出発が遅れること数十分。

 子供の頃から車酔いに弱い私、上海から無錫まで約三時間、と事前に聞かされていたので、しっかり酔い止めの薬も用意してバスに乗り込みました。朝が早かったので上手い具合にうつらうつらとしているうちに到着するだろう・・・と思ってたけどいつまで経っても到着しない! 腰も弱い私、車酔いよりも何よりも、狭い座席に座っているのがつらくな~る。

 車内では辨公室の若い老師が無錫のガイドブックを見ながら懸命に説明をしてくれているので、ちゃんと聞いて適当な所で茶々をいれてあげなくっちゃ。はぐれても心配ない様に、老師達が携帯番号を確認したり、班分けしているうち、やっと無錫・鼈頭渚に到着。うう、もう12時前やんか~お腹すいたよぉ~。

 集合時間に遅れてくるのは老師達

 「3時にこのバス停車場に集合ね! 遅れた人は置いて行きますからね!」はいはーい。皆で集合写真を撮った後、班分けしたグループごとに行動・・・じゃないの? 結局みんなバラバラと、班分けなんてどこへやら、老師達も含めすっかり自由行動なのでありました。

 無錫といえば太湖。鼈頭渚は太湖の中に突き出た岬・・・のようです。埠頭からフェリーに乗り、お向かいの太湖仙島へ。ここでやっと食堂発見。同学達と共に、無錫名物とやらの小籠包を注文。う、ずいぶんでかい! しかも一口食べてみて・・何だいこりゃ。ここの店がそうなのか、これが無錫の味なのか、ずいぶん甘いではないの。しまったあ~一人でひと籠も注文するんじゃなかった。やっぱり小籠包は上海が一番なのであります。

 「中日櫻花友誼林っていうのがとっても楽しみなの」と、少しだけ日本語が話せるX老師。でも今年は気温が上がるのが早くて、この日もほとんど夏のような暑さ。一重の桜はとっくに散っていて、咲いているのは八重桜のみ。それでも一応「これがサクラだよ」と外国人同学に説明すると、「わー初めて見たわ」なんて言ってくれるのですが、日本人が好きなソメイヨシノとは趣がちょっと違うんだけど・・まあサクラには違いないか。

 観光ってったって当てもなく、ただぶらぶらと歩き回ってただけではありますが、少なくとも緑がいっぱいだし、天気もいいし、いい運動になりましたという感じ。学校に居るとなかなか出かけることもないですし。

 そうこうしているうちに集合の時間が迫り、急ぎ足でバス停に向かいましたが、やはりというか時間通りに皆戻って来るわけもありません。何より時間をとっくに過ぎているのに老師達の姿が見えません。どーいう事やねん! 「時間過ぎたら置いて行く」と言ったのは一体誰だ、と皆で笑っていると、大幅に遅れて老師達登場。おいおーい。引率すべき老師が時間を忘れて楽しんでどーするんでしょね。日本じゃ考えられないよまったく。

 とりあえず楽しんだ旅行でした

 帰りのバスも道が混んで、やっぱり四時間余り。無錫での観光時間よりバスでの片道の移動時間が長いってどういうわけ? 上海に着いた時には、もう日も暮れて、お腹もすいてくたくた。ま、でもたまにはいいね、皆で一緒に旅行に行くってのも。日頃外にすんでいる学生とは交流もないし、旅行者だと思ってたら漢語班の学生だったとか、知り合いになる機会でもあるし。

 帰路の途中、外国人居住地区を通過したのですが、あちこちに大量の警官がずらっと並んでいて、すわデモで何か事件が起こったのか!?とどきどきしましたが、警官達をよくよく見ると、ぼーっとしてたり水を飲んでいたりと結構のんびりしていたので、どうやら人命にかかわる事件ではなさそうでありました。

 後日、ミャンマーの同学と買い物に出かけた時の彼女の話。「宿題でこの間の旅行の感想を書けって言われたんだけどねえ・・・。狭いバスに長時間乗って、食事は自前で、老師達は勝手に楽しんで遅れて来て、とてもつまんなかったです。・・・なーんてホントの事書くわけにはいかないわよね~。あはは」うーん、そうかねえ。私ゃタダで旅行に行けたんだから嬉しかったけどねえ。

(02.10.9)
  
 北京に行ってきました
  
 貧乏生活を送っているはずなのに、なぜか休みの度に旅行にでかけている私であります。

 我々留学生の試験は、たいてい本科生の試験終了後に行われるのですが、なぜか今学期はやたら早くて、6月末にさっさと終わってしまいました。通例からするときっと7月初めだろうとふんで、帰国便を遅めに設定していた私は、またまたアテがはずれてしまったのでした。ぎりぎりまで日程決まらないから困るんだよね~、手配が遅れると飛行機のチケット買えないってのに。まったく。

 うむむ。10日近くの空きをどうしたものか。真面目な学生ならば、ここで迷わず「練習に励む!」と答えるところでしょうが(笑)。でも練習室使えないし、論文答弁会の終わっていない先生からは宿題もまだもらっていないし・・と、自分に言い聞かせ、よっしゃ決定! どこかへ行くぞ!!!・・で、今ちょうど語学留学で友人が北京にいるので、資料探しを兼ねて彼女の元を訪ねる事にしました。

○見どころはやはり音楽関係のところ
 
 上海-北京間の列車は、夕方6時に出発、翌朝8時に到着するので、眠っている間に着いてしまうという時間設定で(特快のみですが)、しかも車内がすごく綺麗!! 快適な14時間の旅でありました。

 朝、北京駅に到着。怒濤の如き人波に溺れそうになりながら出口へと。友人(以降S小姐と記す)が地下鉄駅のホームまで迎えに来てくれていて、半年振りの感動(?)の再会を果たしました。2人ともずいぶん痩せてしまって、お互い苦労してんのね~といたわり合いながら、バスに乗り換えひとまず彼女の住む寮へ。

 事前にS小姐が寮の先生と交渉してくれていて、一泊32元で泊まれる事になっていたはずなのに、いきなり40元とか言われたり、北京なまりがすごくて何言ってんだかわかんない先生としばし攻防戦の末、ようやく交渉成立。一泊32元は安いけど、もちろん他の学生と2人一室での値段です。シャワーも時間制限があって、使用にあたってはほとんど戦争状態。しかも熱いお湯が出ない!!シャワーもトイレも男女一緒!!うーん、S小姐、よくこんな所でキミは頑張っているね。お世辞にも綺麗とはいえないけど24時間熱いお湯が出て、おばさんが一日何度も掃除に来てくれる音楽学院の寮って恵まれているのね~。

 北京行きに関しては、以前北京に留学経験のある同学達が「見どころリスト」を作成してくれていて(注:我々の見どころってのは一般の観光スポットではなく、書店やCDショップのこと。)、今回かなり効率良くまわる事ができたのでした。

 一日目。S小姐から、この日は三昧書屋にて周老師の演奏があるとの情報があり、ついでに西単辺りを散策することに。大きな書店「図書大厦」にてCDや本を買い漁り、北京音楽庁の外側の掲示板にて演奏会のチェック。上海と違って、北京は演奏会も大から小まで頻繁にあるようです。羨ましいな。

○周老師に再会

そして夜、三昧書屋へ。ここは一階が書店、2階が茶館になっていて、落ち着いてとても雰囲気のよいところ。この日演奏される周ヤオクン(カタカナ表記するとあやしい人みたい・・でも二胡を学ぶ人なら絶対名前を見た事があるはず。)老師は、私が楽団に在籍していた頃、楽団で二胡の指導にあたっておられて、私は老師の学生ではありませんが、日頃の演奏や指導やいろんな面に関して、本当に尊敬に値するお方でありました。

 事前にS小姐と共に四苦八苦しながら(電話は苦手だ~)老師に電話してあったので、演奏前に楽屋にてお互いの近況など、少しお話しすることができました。昔は老師に話し掛けられても全然聞き取れなかったけど、今回はなんとか会話らしい会話(?)が成立したのでちょっと嬉しかったな。

 演奏は周老師と揚琴・琵琶の三人で、ソロ・合奏とかなり長時間行われました。でも揚琴は個性が強すぎて、逆に琵琶は音が弱すぎてもうひとつだったかな。久し振りに周老師の味のある演奏を堪能できて、とても楽しい夜でした。毎週土曜日の夜は民楽の演奏があるらしいので、興味のある方はぜひどうぞ。
 


北京の象徴は天安門広場

○王府井でうろうろ

 二日目。うっかり者の私、北京に来る列車の中で音楽院の寮のカギを落としてしまったらしく、まあダメもとで、と北京駅に尋ねに行きました。で、いつものごとく遺失物保管所の場所を探し当てる為に何人もの人に聞きまわり、あちこち行かされること約30分(どうして中国人ってたらいまわしが好きなんでしょね。知らんかったら知らんと素直に言え~!)、ようやく出口を逆行して辿り着き、尋ねるとなんと! あったんですよちゃんと。いや~びっくり。中国の鉄道も捨てたもんじゃないわ~。

 北京駅から王府井に出ようとして、地図を見ながら道路表示を確認・・しようとしたのですが、あれれ?ないよ標識が??以前触れたように、上海ではどんな小さな路でも路名が書かれた標識があるので迷う事がないのですが、北京では違うのですね。しかも北京は道路がやたらだだっ広くて、歩いても歩いても目的地に辿り着かない!! その上メインストリートには政府関係の建物ばかりで商店が少ないから、歩いていてちっとも楽しくない! どこを歩いても目を楽しませてくれる上海とは大きく違う様です。

 ようやく王府井にたどりつき、お目当ての新華書店へ。・・ところで王府井って北京では一番の繁華街じゃなかったっけ?こ、これがぁ!?おまけに日曜日だってのに何でこんなに人が少ないの?ずいぶん活気のない街だなぁ、北京って。そういや地下鉄も切符の自動販売機がなくて、改札もなくて階段でおばさんが立って切符を奪い取るのだった。地下鉄構内もやや古びているせいか雰囲気が暗くて、なんだか東京の地下鉄を思い出しました。歩いている人の服装も化粧もすごく地味で、うーん上海が大阪か神戸なら北京は東京みたい~、と、この時点で北京に対してマイナス評価(東京の人、ごめんなさい)。

 新華書店の次は外文書店へ。ここは結構香港系の民楽CDが充実していて、しかも他の店より若干安め。探していたCDも手に入り、満足満足。その後も東安門大街の音楽書店、ZY音楽院内の天天など、書店めぐりに時間を費やした一日でした。夕方、S小姐と落ちあって、ZY音楽院に漢語班で留学しているO嬢と共に、学院の裏手にある北京ダックの店へと。ここは安くて美味しいと同学のご推薦通りで、やっぱ北京に来たらこれ食べなきゃね、と一人ご満悦。

 三日目。今日は前門から琉璃厰あたりを歩き回りました。この琉璃厰の位置が地図を見てもよくわからなくて、S小姐と共に胡同の中を突っ切りながら歩いていると、何となく味のある古びた雰囲気の一角に行き当たりました。骨董品の店が並んでいて、冷やかしながら歩いていると、S小姐が一言、「ひょっとするとここが琉璃厰・・?」あっ、ここがそうなのか。もっと観光地化された所だと思っていたので、意外な感じ。琉璃厰の中には芸術書店や民族楽器店などもあり、見ていて飽きないですね。もちろん、YAMAHA書店にも寄って、しっかり民楽資料はチェックしましたよ。

○北京もいいけどやっぱり上海かな
 
夜、長安大劇院にて京劇鑑賞。演目は「三岔口」、「天女散花」、三国志の「借東風~焼戦船~華容道」。関羽役は袁世海(昔来日した時エレベーターで一緒になって、サインを貰った事がある)の息子が演じていて、演目が終了した後、ステージでパパが紹介されていました。

 四日目。故宮博物院を見る時間はないけど、せめても、と景山公園の上から故宮を眺めました。私が北京にいる間ずっと曇り空で、行動するにはちょうど良い涼しさでしたが、この日は朝から快晴。故宮がとってもはっきり見え、壮観の一言でした。うーん、北京に来た~! 、という実感。

 昼にS小姐と待ち合わせて、梅蘭芳記念館へ。何十種もある京劇の手の表情と意味(?)の写真展示を見ながら、「こんなん不可能~」とか言いながら真似していた私達でありました。

 そして夕方には車窓の人となり、北京の旅は終了したわけですが、今回の旅は地方色の違いを強く感じましたね。前回は広州だったので、上海とそんなに変わらない雰囲気でしたが、北京は同じ大都市でもがらっと印象が変わり、これは北と南の気質の違いなのか何なのか?街が人の気質を育むのか、人が街のカラーを作るのか。一般的に、南方人は明るくてよく喋って派手好きな感じ。北方人は割と寡黙で地味な感じ。日本在住の中国人を見ていてもそんな印象を受けます。私は大阪人なので、どちらかというと南方の街の方が親近感を感じるのですが・・。

 でも、北京に古くからある町並み、胡同の様子はとても好きです。しみじみとした気分にひたれますね。どこを切り取っても絵になりそうな雰囲気です。疲れた時には癒し効果があるかも? あと、北京では外国人に慣れているのでしょうか、道を聞いたりしてもとても親切に答えてくれます。特にお店の人。上海だったら口調がきついので、怒られているみたいですが、北京では言い方が穏やかで安心します。S小姐曰く、「北京で道を聞く時はおばさんに聞け」。そ、そーなの?女性上位の上海でそんな事したら、早口でまくしたてられて訳わかんないよ(笑)。上海ではおじさんに聞くのが正しいやり方です。

 でもね、地下鉄での座席争奪戦を横目に見ながら、おしゃれな小姐達がかしましく喋っている、そんな上海に戻って来て、正直ほっとしました。やっぱり私には上海の方が性にあっているみたい??

 最後に、貴重な時間をさいて私の為に色々と段取り&案内してくれたS小姐に、この場を借りて改めてお礼申し上げます。ありがとうね。上海もいい所だから、一度遊びにいらっしゃ~い!!

 

(02.3.26)

 1月広州への旅の報告

○突然の広州行き

 専攻の試験も無事終了し、あとは帰国するのみ。しかし帰国まで授業もないし、別に予定もない。ならば予定を作っちゃおう!そうだどこかへ旅行しよう!前々からひとりで列車に乗ってどこかに行ってみたいと思っていました。でもたったの3日間でどこに行ったものか。結局日本にいるときも何度も訪れたことのある広州に、CDや楽譜などの資料集めをかねて行くことにしました。

 1日目の昼に上海を出発、2日目の朝に広州へ到着。その日の夜に列車に乗って3日目の夕方に上海に戻り、翌日早朝に日本へ帰国。余裕のない日程だけど、これなら宿泊費もいらないし、広州の街は狭いから十分見て回れそう。

 早速切符を買いに行ったのですが・・。え?上海では復路のチケットが買えない?なぜ?(結局聞き取れなくて理由はわからなかった)帰りの切符は広州で買えと言われ、もし買えなかったら日本に帰れんよ~と不安に思いながらも、片道分だけ買って引き上げました。

 硬臥(2等寝台)のチケット価格は385元(6,000円強)。けっこう高いのね、とその時は思ったけれど、後で調べてみたら上海→広州は1,800km強。日本ならなんと(新幹線で)博多から秋田くらいまでの距離なんですね。さすが中国、広さにびっくり。

○鉄道の話
 
 出発の日は朝からウキウキ遠足気分。おまけに偶然にも大先輩Mっちとそのお友達が同じ列車で香港に行くことがわかり、すっかり大船に乗った心地。とはいえ、彼女らは1号車、わたしは10号車。「途中席が空いていたら変更してもらえるよ」との言葉に少し安心し、とりあえず車中へ。

 自分の座席を探しながら人が余りにたくさんいて酔いそう。しかも回りは男性ばっかり。げんなりしながら最下段のベッドの端っこに座らせてもらい、ひたすら外の風景を眺めていました。そうこうするうちお向かいのオッサン達が酒を飲みながらメシを食い始め、その匂いと音(習慣の違いだから仕方ないのですが口をあけ音を立てて食べる作法?にどうしても慣れない私であった)に耐え切れず自分のベッドに逃げてしまいました。目がさめてふと横のベッドに目をやると、先ほどのオッサンがシャツにステテコ姿で大いびき・・。日本のオッサンもたいがいだけれど、レディ(ん?)の前では自粛してよ~

 気を取り直し、Mっちとお友達のいる1号車へ。2人のおかげでチケットの交換も済ませることができました。途中停車駅でホームに下りて売店を見て歩いたり、社内でも売り子さんが点心を運んでいるのを見ると、ついサイフのヒモも緩みがちに。そんなこんなで飛行機ではまず味わえない、列車ならではの旅でした。

○広州の街
 
 朝9時過ぎに広州東駅に到着。まずは帰りのチケット予約。列車の中でお向かいのおばさんから「広州でチケットを手に入れるのはかなり難しいよ」とおどかされていたので、、びくびくしながら駅の窓口へ。案の定硬座しかなく迷いつつも購入。最悪20時間イスに座ったままかあ・・(ちなみに上海→北京を硬座で、トイレにも行かずひたすら座りつづけていた強者の同学を知っています)。まあ無座(座席もない、通路等に座るらしい)よりマシかも。窓口のおばさんは列車の乗り口まで丁寧に教えてくれ親切でした。

 予想はしていたけれど広州は1月だというのにずいぶん暖かい。少し歩くと上着を脱いでいても汗ばむくらい。
 まずは地下鉄に乗って中心地へ。ん、なんだか上海の地下鉄とは随分雰囲気が違うような?おっ、人が切符売り場でちゃんと整列している!・・て当たり前のことなんだけど、上海では人の集まる所には平然と割り込みをする人が多くて、行列には一種殺気が漂っているのですよ。その後車両内でも老人に席を譲る人を発見!す、すばらしい!片や上海では扉が開くや否や、争って座ろうとダッシュする、げにあさましき有様が日常だというのに。いや-、広州っていい街だなあ・・。
 

西漢南越王墓博物館の外観

○博物館と飲茶

 最初に向かったのは西漢南越王墓博物館。外観がかっこいいので以前からずっと入ってみたかったのだ。学生証を提示すればなんと5元で入場できるのです(以降これに味をしめ日本でも印籠よろしく学生証を出しまくった私です)。展示物はけっこう地味ではありましたが、王墓の内部も公開されていて博物館好きの私としては大満足。

 通りの商店やCDショップを冷やかしつつ、お腹がすいてきたので飲茶でお昼をと思い、道を尋ねるついでに近くの守衛のにーちゃんに「どこぞよい店はないか」と聞くと「う~んこの辺にはあまりないなあ」と言いつつも、近くの店を教えてくれました。中国語が不自由な私にも嫌なカオひとつせず、誠実に対応してくれた態度に、広州への好感度ますますアップ!

 わ~い飲茶だ、と喜び勇んで出かけたのが12時前。しかし朝飲茶は11時半まで。午後飲茶は3時から、とちょうどタイミングをはずしてしまい残念(涙)。

 気を取り直し、美味いものを求めて裏通りをぶらぶら。やがて人が群がる店を見つけて迷わず飛びこみ、腸粉(クレープの中国版?)を注文。う、うまい!!やっぱ広州ってたらこれでしょう(上海の避風糖で同じものを注文したら、似ても似つかぬものが出てきた経験がある)。

○最後の切符でトホホ

 小腹がふくれたところでまたまた匂いに引き寄せられ、荷葉飯なるものを発見。これは肉や野菜とご飯をハスの葉に包んで蒸したもので、超満員の店で皆が余りにおいしそうに食べているのを見て思わずテイクアウト。近くの越秀公園(有料)でベンチに腰かけ、緑に囲まれ鳥の声を聴きながらのお食事タイム。う~ん幸せだなあ。

 しばらくくつろいで席を立とうとすると、近くにいた女の子達に突然「すみません」と謝られ、わけがわからず困惑。よくよく聞いてみると、私が食事をしているそばで大声をあげてはしゃいで迷惑をかけました、とのこと。余りの礼儀正しさに、こっちが恐縮してしまいましたよ。しばらく彼女達と交流(?)していたのですが、私が何か話すたびに中の一人がずっと通訳よろしく言い直して皆に伝えていました。やっぱり私の中国語って・・・自信喪失。
  
 その後お目当ての書店めぐりをしましたが、前回来た時とずいぶん品揃えが変わっていて、思ったほど収穫が少なく残念でした。けれど今日はいつもと違い裏通りを選んで歩き回ったので、上海ともまた違った広州の下町の雰囲気をたっぷり満喫することができました。点心からフルーツまで口にするものはすべておいしかったし、人はみんな温かくて、ますます広州が好きになりました。

 そして帰りの列車。乗る前に座席を寝台に交換してもらうことはできたのですが、「硬臥がいい」と言っているのに、私が日本人だと見るや「軟臥(1等寝台)」にまわされてしまいました。押しの弱い性格をなげきつつ、まあ高いっていったって500元くらいだろうとタカをくくっていたのが失敗。なんと軟臥は600元あまり!これなら上海で700元の格安航空券買ったほうが良かったかも・・。

 最後の最後でトホホに終わった旅でした。

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