「すみません、実は地元なんですけど劉天華や阿炳(アーピン)のことはよく知らないんですよ」開口一番、胡啓明さんはちょっととまどった表情で話しだした。無錫市対外友好協会の日本処に勤める胡さんにとっても、二胡や琵琶といった中国伝統音楽の巨匠というのは無縁なものらしい。
劉天華は1930年代に活躍した民族音楽家で、無錫市のとなり江陰市で生まれ育ち、青年期には北京で学究生活を送っている。一方阿炳は無錫市の生まれだが、若くして盲目になり市井の中で大衆の圧倒的な支持を受けたものの、著書なども残さず、また1950年に亡くなっていることもあり、特に音楽に興味のない若い人にとっては知らないというのも無理はないだろう。
「それではとにかく江陰市へ行ってみることにしましょうか」
「そうですね、江陰市は劉天華の生まれ故郷だし、記念館があると聞いていますのでそこへ行けばいろんなことがわかるかも知れません」
江陰市は無錫市の北隣にある。無錫市へは上海から特急快速で行けば1時間半。1時間に4本程度でているバスに乗れば3時間弱で到達する。列車は軟座、いわゆる1等席が快適だが、この切符の値段も列車によって違う。ふつうの急行の軟座だと17元、特別快速だと36元とそのスピードによって差がある。
無錫駅を出て右手の方にいくと長距離バスターミナルがある。無錫市から江陰市へは1時間に5本程度のバスが出ている。快速直通が11元で、中型、小型など値段の違うのが3種類走っている。快速直通に乗る。20人乗りくらいのミニバスで、バスターミナルを出て北へ向かい、一路江陰市へ向かう。無錫市を出てすぐに高速道路になる。上海を中心として江蘇省や浙江省は高速道路網が発達しているために、鉄道よりもバスの方が非常に便利になっている。庶民の足というのにぴったりだ。
市街地を出るとすぐバスは農村地帯を快調に走る。江陰市に近づいてものんびりとした風景は変わらない。1時間程度で江陰市の中心部にあるバスターミナルに着く。江陰市は長江に面した街で、市外の鎮(村)を含めると江陰地域で人口は114万人。紀元555年に現在の江陰という名になったが、文献には2500年も前からその古名が現れる。唐代から江陰市は中国の沿海貿易の重要な港の役目を果たしていた。
バスターミナルを出て、さあ劉天華記念館がどこにあるか通りがけのおじさんに聞く。「ああ劉天華記念館かい。ほら交差点からちょっと行って最初の路を右に曲がればいいよ」。簡潔明瞭に教えてくれた。してみると劉天華の名は江陰市ではかなり有名なのだ。確かに江陰市の地図を買って見ると長距離バス停のすぐ南に「劉氏三兄弟故居」と大きく記されている。人民中路と西横街が交差するところである。
人民中路から西横街へ入ってすぐ右手が目指す記念館だ。住所は西横街49号。記念館の側面つまり人民中路に面している壁に、劉氏三兄弟を称えたプレートが張ってある。「劉氏三傑 江陰の光」と。 |