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オフィス・エー便り

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16年7月4日

 参議院選挙が始まっていますね。この欄でも何度も書いていますが、まずは投票に行くことです。国会議員選挙だけでなく地方自治体の選挙でも、例えば首長選挙で20%や30%しか投票率がない自治体など結構ありますね。一番身近な選挙なのに選挙に行かなければ、自分達の住む街をどうされようと関係ない事になり、大変危険な事です。どうせ現職が当選するんだなどと思わずに批判票を入れることも大事ですし、投票率が上る事で政治に緊張感も増します。

 1票の重みということでいえば、先日の英国でおこなわれたEU離脱投票が世論を沸かせましたね。単に僅差で決まったということだけでなく、「離脱」に投票した人々の中で余り考えずに投票した自分の1票が重大な結果をもたらした事に対して後悔した、などとかなり報道されましたから、投票に行く行かないだけでなく投票がもたらす結果をじっくり考えりことが大切だということがあらためてはっきりしましたね。

 日本の選挙では公約、つまり選挙前に約束した事をきちんと履行しているかどうかなどのチェックがなかなかされません。またその公約も本当にそのことが言える根拠があるのかどうか、など演説を聴いていてもほとんど判らないというのが実情でしょう。ならば自分達で努力するしかありません。例えばちょっと前に毎日新聞が「特別養護老人ホームの待機者が各地で減ってきた」と記事を出しました。この文字だけを見ると、ああ苦しむ老人が減って日本の福祉政策が進んだんだと思うかもしれません。

 しかし実際は逆なのです。要するに政府の介護費抑制策で軽度の要介護者が昨年から原則入所できなくなった事や利用者負担の値上げが原因なのです。介護サービスを抑制による切捨てで介護難民を生み出しているに過ぎないのです。ですので時の政府の出してくる言葉には十分なチェックが必要です。例えば求人倍率が過去最高だだなどという自画自賛に対しては、それは若年労働者が減り非正規労働者が増えており、給与が低くて誰もが行きたがらない職種も数字を見ればそうなるだろう、という批判の目が必要なのです。


16年6月27日

 参議院選挙が告示され、7月10日の投票日に向け選挙運動がおこなわれています。今回の参議院選挙で幾つかの注目すべき点があります。ひとつは18歳からの選挙権が始めて行使されるということです。高校生が投票できるという事で、高校生の政治活動について教育委員会が規制すべきだどうのこうのと、またぞろ権力側からの余計な圧力がかかっています。選挙権を行使するのに政治活動の自由は当たり前であり、誰にも干渉させてはなりません。

 第2に島根県と鳥取県、高知県と徳島県という合区ができたことです。1票の格差の関係でこの合区がなされたという事ですが、全く不合理なことです。これらの選挙区の住民はもっと怒ってもいいでしょう。 第2次世界大戦後かつての貴族院を廃止せよと占領していた米当局が指示した所、2院制を残したいということで参議院が生まれたのですが、本来衆議院と参議院はその役目が違うことを考えれば、各県ごとに一律4名あるいは6名(3年ごとに半数選挙)にすれば1票の格差など出てきません。

 衆議院は厳密に1票の格差で選挙区の変更も行い、参議院は政党の系列化を避けるためにもそれとは別の根拠で選ぶことにすべきです。全国1区選挙でもかまわないでしょう。そして3番目が現実的に国会の憲法改正発議に必要な3分の2の議席を獲得数することが問題になっているのに、政権側が争点をぼかしてそのことを前面に押し出さない点です。選挙時に論点を示さず、選挙が終わってから多数派を占めたから全て承認されたものだと一挙に推し進めようとするのでしょうか。

 これは理不尽な事です。もちろん衆議院こそ時の政権の信任・不信任を問う選挙であるべきですが、安保法制問題などこの間の国会での審議の問題も踏まえればきちんと提示すべきです。いずれにしてもまず選挙に行くことが大事です。イギリスのEU離脱選挙では高齢者と若者でが選挙行動が正反対になり世代対立ともいわれました。未来を考えるなら20代、30代の投票率が上る事が必要ですが、いずれにしても政党が本当は何をしようとしているのかをしっかり見ることです。


16年6月20日

 舛添・東京都知事が辞職し、7月は参議院選挙と東京では都知事選挙もあり、各地で活動が活発になってきています。英国では23日に欧州連合(EU) への残留か離脱かを決める住民投票がおこなわれますし、米国では民主党と共和党の大統領候補が決まり11月の大統領選挙に向け世論も錯綜しています。今さらではありませんが、選挙や投票は1人1票しかなく、小さい力だと思われますが、時には大きな変化に寄与することもあります。

 投票が大きな変化を起こすためにはやはり今の投票が何を問題にしておこなわれ手入るのかをはっきり意識する事が必要だと思います。いわゆる“争点”ですね。しかしこの争点は当の政党が問題にしたくないと思えば選挙公約にも入れないし、論争に挙げようとしないかもしれません。例えば憲法改正について自民党の安倍首相はこれまで最も基本的な党是だとしてきたものが、今回の参議院選挙ではアベノミクスの成果を問うといって表に挙げず正面から答えようとしていません。

 ですのでただ今党首演説などで語られている事を聞くだけでなく、過去何年間かの言動をきちんと評価する必要が有権者にはあるのです。そして語られる言葉がウソなのかマコトなのか、裏側にある思惑なども見抜くように努力しななければなりません。大変しんどい事ですが、自ら努力をしないと政権を握った勢力にいいようにされてしまいます。あとから文句を言っても仕様がありません。

 いま消費税増税の延期ウンヌンで社会保障に使うお金をどうするのだ、などとが取りざたされていますが、例えば日本の法人の内部留保は最高となっているのにもかかわらず法人税率は切り下げされている、きちんと法人税を取り格差是正の為に富裕層からの課税を強化すれば、消費税増税などしなくとも十分お金が使える、ということを自らの頭で確認すべきです。そんなことを政権層は伝えません。隠された真実に近づくよう意識しなくてはならないのでしょう。


16年6月13日

 何かと暗い話題が続くこのごろですが、サッカー界では2つの大きな国際大会がいまおこなわれています。ひとつはフランスでおこなわれているヨーロッパ選手権、もうひとつがアメリカでおこなわれているコパアメリカ・センテナリオです。スポーツとしてサッカーを楽しむということもありますが、しかしそれぞれそうは単純にはいえない背景もあり、それでも多くの人々が観戦に足を運んでいるという事実が、サッカーの長い歴史をあらためて感じさせるものです。

 ヨーロッパ選手権の開催国フランスでは最近テロが続発した事を覚えておられるでしょうか。ですので競技場周辺は銃を持った警察の警備が厳重ですし、また競技場に入るのに何回も身体検査などのチェックポイントがあり、それを経過して初めて選手のプレ-を楽しめるのです。W杯は確かに世界的なサッカーの大会ですが、競技の激しさや面白さでいえばレベルでいえばこのヨーロッパ選手権のほうが上ですし、観客も熱狂します。

 コパアメリカいわゆる南米選手権は実は昨年2015年に開かれています。今回はこのコパアメリカ大会100周年と南米サッカー連盟設立100周年とを祝う大会ということで、南米サッカー連盟の10か国に北中米のチーム6か国を加えた特別な大会としておこなわれています。しかも開催国がアメリカ合衆国です。大統領選の年でもあり、銃乱射事件が続いているアメリカという国での開催ですが、北米と南米という歴史的な軋轢も踏まえたなかで多くの観客が来ています。

 一見楽しむだけのサッカーにもこんな背景があるのですが、日本ではTVの有料放送でしか見られません(一部地上波民放での中継がありますが)。有料放送に入っていまい筆者にはライブで楽しめない残念さはありますが、そのあとでのネット上の録画などを見て我慢しています。世の中の動き注視しながらも、楽しむ時は楽しんでおく、この姿勢で行きたいと思います。


16年6月6日

 6月に入りました。梅雨の季瀬に突入というところですが、今年も天候がどうなるか予測が付かないことが起こりそうですね。すでに関東地方では水不足が懸念されていますし、夏の暑さも半端ないものになりそうで、個々人の身体だけではなく、社会全体に与える影響は大きくなりそうです。昨今それでさえも市民の生活を酷い方向に向ける社会政治上の事柄がおこっているので、たまったもんではありませんね。

 舛添・東京都知事の“金銭問題”については、もう裏も表も明らかだし都議会与党(自公)の都合で辞める辞めさせない(オリンピックや参議院選挙との関係)という力関係になっているので、しばらくは厚かましく居座るだろうし、2年後の選挙で“否”を突きつけるよりほかないようになっています。まあそれが日本の政治の現状だといえばそれまでなのでしょうが、それよりももっと酷い問題が見過ごされています。

 甘利・前経済再生担当相の事件です。千葉県の建設会社の依頼で都市再生機構へ移転保証金の値上げを口利きした変わりに賄賂を受け取っていたという事件です。渡した方の人物の証言や領収書、更に秘書らが都市再生機構へ働きかけをした録音テープなどの証拠があったにもかかわらず、なんと東京地検特捜部が不起訴にしたというのです。「国会議員としての権限に基づく影響路y区の行使が認められなかった」というのがその理由だそうです。

 酷い話です。検察は法律で規定しているような「議会で追及してなかった」などという理由をつけているようですが、現職の有力閣僚であり都市再生機構の予算や人事について影響力を行使することは可能だし、そもそも政治資金規正法違反で起訴することは可能だったはずです。法を守るべき組織がなべて権力にすり寄り、監視すべきマスコミも権力に媚を売る、そんな社会構造になっていることを十分認識しなければなりません。


16年5月30日

 安倍首相が来年4月に予定されていた消費の8%から10%への増税を2年半再延期するという方針を示した事から、麻生財務相が再延長には衆院解散・総選挙が必要だと主張して反対した、などの報道がなされています。安倍首相は「世界経済が危機に陥るリスク」を理由にしているのですが、安倍首相にしろ麻生財務相にしろ要するに自分の責任のがれと選挙向けの立場をどうするのかという発想だけですね。

 増えない賃金、非正規労働者の増加、格差拡大、社会保障の切り下げ、保育所問題などなどすでにアベノミクスは失敗しています。それにもかかわらず財政出動などといってますます財政赤字の付けを国民にまわそうとしています。増税問題でいえばこの欄でも指摘しているように「優遇措置を受けた」企業(ほとんどが大企業ということですね)へのきちんとした課税と、格差拡大ではっきりした富裕層への課税を強化するという増税をこそおこなうべきです。

 以前書きましたが、日本の法人税率は14年で約38%ですが様々な優遇措置をへた実行税率でいうと、利益上位100社ではマイナスが4社、1%未満が10社、、5%未満が2社をはじめ40社が20%を下回っており、本当の税負担は驚くほど低いという事です。格差拡大と富裕層の問題にしてもそうですが、社会保障費が足りないなどといいながら、きちん取るべき所から取らない。国民への増税はいつでもできる、などと高を括っているとしか思えませんね。

 政府内部の不協和音は決して国民の生活を見て出ているのではありません。消費税ではなく本来必要な増税や支出のムダの削減など、基本的に為政者がおこなわなければならないことをおこなわない為の辻褄合わせとしか見えません。7月には参議院選挙がおこなわれます。本当にこのままの政府や政策でいいのか、きちんと見透かす必要があるでしょう。


16年5月23日

 先週久しぶりに落語を聞きに行きました。大阪市北区天神橋2丁目にある天満天神繁昌亭で、桂雀喜という米朝一門のまあ若手(40代半ばですが)の独演会でした。別に桂雀喜のファンということではなく、新聞の記事で演目に「崇徳門」があるというのを見て、久しぶりに行こうかと思ったわけです。「崇徳院」の演目はその名の通り、百人一首の崇徳院の和歌から来ています。わりと有名な歌ですね。

 「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あわむとぞ思う」という歌ですが、大店の若旦那が高津神社で会った女性に一目ぼれし恋の病に倒れてしまう、そこで若旦那の幼馴染の熊五郎が大旦那に命じられて探すが、その唯一便りが女性が料紙に書いた崇徳院の上の句「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」だったので(下の句の意味で「今日のところはお別れしますがいずれお目にかかれますように」と掛けている)、それを頼りに苦労しながら探し回るという話です。

 実はこの話、だいぶ前に桂枝雀の落語として聞いたことがあったのです。残念ながら寄席ではなかったのですが、昔TVの深夜番組で枝雀寄席というのがあり、そこで聞いたのです。枝雀は好きな落語家で(枝雀襲名前の桂小米という時代から面白い落語家やなあと注目していました)、崇徳院は和歌にあるということからもその内容の面白さからも何か心に残っていて、先日その文字を見て突然聞きに行きたくなったというわけでした。

 桂雀喜の崇徳院はまだ硬いといった所でしょうか。若旦那の情けなさや熊五郎の探索道中のしんどさと面白さが十分表れず、何とか筋立てをやり遂げたという感じでしょうか。もちろん大ベテランだった枝雀と比べてしまうこと自体が間違いなのですが、やはり芸の蓄積の力(とそれにかかった努力)というのは大きいですね。落語に関わらず全ての事にいえることですが、長く続けることと意識を持った練習ということでしょうかね。


16年5月16日

 先週は映画「スポットライト」について書きましたが、やはりマスコミの報道についてはいろいろ考える事が出てきますね。女性タレントの不倫騒動についてTV局はいずれも長い時間を使って“解説”など報道をおこなっていますが、もっとほかに報道することがあるだろう、とつい突っ込んでしまいますね。例えばあれだけ保育や少子化の問題、子供の貧困化など切実な課題が少しは取り上げられたものの、その後は余り見かけません。

 しかし例えば少し前に「政府は大学生らを対象にした返済不要の『給付型奨学金』の創設について導入を先送りする方針を固めた」と簡単に報道されました。いわゆる先進国の中で国家による公的な返済不要な給付型奨学金がないのは日本だけであり(各大学の奨学金や私的な形でおこなわれている)、その施策の貧困さが如実に現れていたのですが、その改善の第一歩さえ踏みださないというのが今の日本の現状だということに鋭く追及する状況にならないのがマスコミの現状です。

 それならば自分で問題のニュースやその本質とは何なのかを探す事になりますが、確かに難しい事です。自分の身の回りを超えた情報は他人を頼りにするしかありませんから、それをどのように手に入れるかに大きな労力が必要だからです。グループや組織、ミニコミ紙、個人のつながりなど、かつてはあらゆる伝手を使いましたが、今はネットという手段があります。それによって様々な情報を入手できるし、また発信する事も可能になりました。

 しかし当然ネット情報は玉石混交なので、その中から事実を探し出していくのにはこれまでより大きなエネルギーが必要二なってくることもあります。情報の発信地・者を見ることや過去の歴史をきちんと認識していくこと、知識として事物の成り立ちを頭に叩き込んでおくこと、などなど学校の勉学や仕事の中で得られた経験を全て使わなくてはなりません。またつねに学ぶ意識を持つ事、つまり常に世の中の出来事に対して意識していくことです。大変ですがそれしかありません。


16年5月9日

 「スポットライト」という映画を見てきました。今年第88回アカデミー賞で作品賞と脚本賞をとった作品です。アメリカの新聞「ボストン・グローブ」社の記者たちが、カトリック教会の神父による児童への性的虐待とその事実を看過・隠蔽してきた教会の姿を追い、記事として連載することで暴き、社会的権力を有する人物達を失脚させる姿を描いたものです。いわゆる社会派ドラマで、アメリカでも当初は公開映画館数が少なかった作品です。

 筆者の率直な感想を言えば「普通によくできた作品」というところですかね。その原因として、1つは神父による児童への虐待という実相が映画の中では余り詳しく表現されない(記者が証言を集めていく過程で示唆されますが)ので、見ていて深刻な実態に入り込めないのですね。アメリカ社会の中ではカトリック教会を取り巻く様々な事件が当たり前のようにあって、あえて表現しなくてもその重大さが実感できるのかもしれませんね。それと予想される記者たちへの外部圧力が意外と弱いのですね。

 もちろん映画の中では枢機卿やその周辺による記者個人に対する接触は描かれるのですが、例えば新聞社に対しての広告差し止めや、(宗教界は政治に大きな力を持っていますので)政治的な圧力などは具体的になかったのかどうかは気になるところです。もちろん調査報道ですのでおおやけにしないなかでの記者たちの取材活動が相手に重大さを悟らせなかったということもありますが。ただ地道な取材や調査の描写は、じわじわと絵空事ではない事件の深刻さをうまくあらわしています。

 この作品で助演女優賞にノミネートされた女優のレイチェル・マクアダムスは、インタビューで「声なき者に声を与える、或いは自分で立ち上がることができない人たちの代わりに立ち上がるというような物語であると思う」と語っています。例えば調査報道のあり方など新聞社の体制の違いはあれ、日本のマスコミはこれをどう聞きますかね。官庁や会社から垂れ流す情報をそのまま紙面に載せてこと足れりとする現状は変えようがないのかもしれませんね。


16年5月2日

 連休中ですね。急に暑くなってきましたが、いい季節ですので旅行に出かける方も多いでしょう。日本人が行くだけでなく海外からも相変わらず多くの方が日本に来ています。大阪市内の繁華街を歩いていても、リュックを背に半そで姿で歩く人やキャリーバッグを引きガイドブックを見ながら地下鉄に乗り込む人など、本当にどこでも見かけます。日本の今の姿を直接見て聞いて、それを本国に持ち帰って話をする、そういうことで互いの認識が深まるでしょう。

 もちろん文化や伝統の違い、またマナーの習熟度の違いからトラブルも起こってきています。また店などではあまりにも外国からのお客さんが多いので、以前から来ていた地元の人々が敬遠するようになった、などの話も聞きます。しかしいずれもいつかは経験しなくてはならない事だと思いますし、その経験をどう生かすかによって新たな商売なども始められるのでしょう。問題を真正面から受け止めて解決策を考える事が必要です。

 解決策といえば、11月に予定されている米大統領選挙が注目されています。民主党、共和党の大統領候補がほぼ決まりかけているからです。民主党はクリントン、共和党はトランプ候補になるでしょうが、どちらが大統領に選出されてもこれまでのような世界秩序に基づいた動きにはならないでしょう。歴代の日本政府はこの米政府から寄せられる風によってふらふら動いてきましたから、余計に神経をいらだたせているかもしれません。

 しかし問題があった場合、本来は自分達の手でまず解決策を考える事が第一で、他人任せにすることは思考能力を放棄する事につながります。厳しい状況にどう立ち向かうのか。11月までまだ少し時間がありますので、それぞれ考えるのはいい事かもしれません。


16年4月25日

 NHKの籾井会長が熊本地震に関連して、「原発関連の報道については公式発表をベースに伝えてほしい」と会議で発言そうです。川内原発が鹿児島県にあり、2015年の再稼動に前後して運転差し止めを求める仮処分申立てがおこなわれた(16年4月高裁で却下の判決)ことも頭にあったのかもしれませんが、この発言は要するに政府(及びその関係筋)の発表だけを伝える政府広報団体に徹し、“大本営発表”を続けよ、と号令したようなものです。

 国民から受信料を取って“公平中立”を装いながら時の権力の広報に力を尽くせというのですから、何をか言わんやです。いまさらNHkの公平中立などほとんどの人が信用していませんが、それにしてもあまりにも権力べったりの姿には驚きます。しかし事はNHKだけではありません。4月20日に発表された国際NGO「国境なき記者団」の報道の自由ランキングによると、日本は72位で“先進国”では最低の位置にいます。

 また国連の「表現の自由」に関する特別報告者・ディビット・ケイ氏は4月19日、「日本の報道の独立性は重大な脅威に直面している」と警告を発しました。まあ、この間のTVや新聞のニュースの報道を見ているとまさにこの通りだと思いますね。NHKや民報で相次いだキャスターの交代は話題になりましたが、それ以前に報道関係社のトップが政府トップと親密に会食してヨイショをしているのですから、批判のスタンスが出るわけはありません。

 強大な力を持つ側はあらゆるメディアを通じて世論を支配しようと考えますから、本来の公平中立とはそこにある問題点や裏側にある意図を調査して明らかにし、国民に伝えることでしょう。しかし今の大手メディアにはそんな努力はもう期待すべくもありませんね。それならば私達は発表される内容に関して裏側を読む努力をしましょう。そのためには自分で調べ物事を知る努力(図書館もあります、人に聞いてもいいです)をし、伝え合える仲間の和を作っていくことですね。


16年4月19日

 熊本での地震が続いています。もちろん大分や九州全域、四国にもその影響は出ていますが、震源地として連続して熊本を中心に強い地震が起こっています。これはこれまでになかった事象で、“余震”などとは思えないもので現地での不安はこちらでは想像できないほどにたかっているのでしょう。それ対し食料や水、医薬品や毛布、医療など必要な物資がうまく行き渡るかが当面の課題になっていますね。

 報道によると物資が集積場に届いてもそれをさばく責任者や人員が不足していて、円滑に回っていないとのことです。熊本県庁や熊本市役所にはそれぞれ担当部局があって、そこの職員が動いているようですが圧倒的に人手不足とのことです。しかし考えてみればちょっとおかしな話ですね。確かに行政として例えば税金関係や福祉関係など通常業務をおこなう必要がありますが、非常時ということを考えるなら例えばそれらの職員の半分を2週間だけ物資集配業務に集中させる(その間の通常業務は縮小しますと県民に伝える)ことは考えられないのでしょうか。

 部署によっては県内の地理を熟知している職員もいることだし、それらの人材を投入する事こそ行政のまずやるべき事ではないのかと考えてしまいます。もちろん普段から“一旦事ある時は”と訓練をしておかなければ、実際の行動においては逆に指揮系統に混乱を巻き起こすという意見も出そうですが、それを見据えて準備することがこの地震国といわれる日本の行政組織の本来の役目ではないのでしょうか。

 そんな中で、残念ながら某TV局の中継車がガソリン給油で割り込みをしたとか、現地に入った報道記者がツイッターで弁当が手に入ったと喜んで写真を載せた(避難所では食料が僅かしか届いていない場所もあった)などなど、マスコミの対応がまた問題になっていますね。確かに全ての放送局が現地入りする必要もなく(少人数の代表でもいいはずです)、ことさらに同じ悲惨な現場を中継するだけでなく、現地の人が何を必要としているかの情報を全国に伝えることことが必要でしょう。


16年4月11日

 オフィス・エーを連絡先とする活動の1つに、中国音楽フェスティバル実行委員会事務局があります。といっても大きなものでもなく現在は2名で動いていますが、その中国音楽フェスティバルの第5回目を来年2017年4月30日(日)クレオ大阪中央ホールでおこなう事になりました。4月1日が1年先のホールの抽選日だったので行ったのですが、抽選順番が5番目で何とか残った日曜日を確保する事ができたというわけです。

 ホールの抽選は大変です。何せ芸術活動を気軽におこなえるホールが予算や維持管理を理由に減っているのが現状です。ですので適正な座席数のホールや駅から近いといったホールは抽選日には多数の団体が来ますから、必ずしも希望の日程が取れるとは限りません。その月に取れなければまた翌月に抽選に行くなど、同じことを繰り返さなければなりません。使用料金の違いから、やはり多数の団体が来るホールはこんな苦労があるのです。

 また中国音楽フェスティバル実行委員会は土・日のどれか1日が取れればよかったのですが、今回ホールの抽選に参加した団体で1番2番を取った団体は土・日を連続して取ったものですから(ホールの規則で3日連続して取る事ができる)、どの団体も必要とする土・日の空きが一挙に少なくなってしまったのです。フェスティバル実行委員会としてはたまたま順番と駅の関係で日曜日が取れたいうことで、ラッキーだったというほかありません。

 まあホールにはそれぞれ規則があるのですが、土・日を連続して取る団体が3つも4つも続いたらもうどうしようもありませんね。市民が気軽に様々な行事が楽しめる施設の維持管理にお金がかかるといわれますが、府県や市全体の予算から比べれば実はたいした割合を占めているわけではありません。むしろ、道路や大規模工事に莫大な(ムダにもなっている)お金を使うより、文化にどうお金を使うかを考えるほうがよほど地域を豊かにさせると思うのですが。


16年4月4日

 新年度(そして子供たちにとっては新学年)が始まりました。しかし残念ながら、新しい希望を持って、というような言葉は聞こえなくなりつつあります。まあ要するに現実の社会が希望を持たせるような仕組みになっていないからですね。4月の声を聞いて聞こえるのは値上がりの話ばかり。細かい所から言えばカゴメのトマトソースやクノールカップスープ(32年ぶりの値上げとか)、アイスのガリガリ君やあずきバー(いずれも10円値上げ)、食卓塩(35%値上げ)など、まずは身近な生活関係からです。

 そして国民年金保険料や軽自動車税の値上げに、紹介状なしで大病院診察を受けると初診で5000円以上(再診で2500円以上)追加負担が必要になります。その他地域によっては高速料金やバス・列車運賃、更に動植物園などレジャー施設など値上げが続々となされています。一方実質賃金は相変わらず下落しており、厚労省が2月に発表した2015年の毎月勤労統計によると、4年連続の下落になっています。お金が手元に入らず物価が上がるという生活になっているわけです。

 もちろん一部の層は違いますが、要するに格差がますます拡大していいるということです。当然そういうときに社会的な支えが必要で、そのために政府があり施策がなされるわけです。ところが政府は相変わらず破綻した「アベノミクス」の継続をうたうだけで、実際的な施策はおこなおうとしません。それどころか実態隠蔽するような行動にも出ようとしています。その1つが年金運用実績の公表を例年通り7月上旬にせず、参議院選挙後の7月29日にしようとしていることです。

 安倍政権は株価が上昇してきたから経済回復してきたなどといっていますが、実は年金積立金管理運用独立法人(GPIF)が年金積立金を大量に株式に投資してきた、という裏があるわけです。実態の経済ではなくマネーゲームで株価を上げたということですが、実は2015年度では6兆円ほどの損失が出ているとのことです。その実態が明らかになると参議院選挙に影響するということで先延ばしという姑息な手段を使うのですが、これを見てもヤリ口の卑怯さは透けて見えますね。


16年3月28日

 春休みの時期になりました。温かい日と寒さが戻る日と交互に来るような形で、体は少々戸惑っています。こういうときは風邪をひきやすいのでしょうね。気をつけなければいけません。とはいっても今年3月28日は旧暦でいうと2月20日になりますから、まだまだ寒いといっても不思議ではないのです。季節感を自分の肌で感じるしかないですね。

 とはいっても春休み。桜の木の下で飲んだり食べたりするのもいいですし(ただし朝早くからブルーシートを敷いて我が物顔での場所取りの悪い週間だけはやめさせたいですね)、近所の遊園地や動物園などに行くなど、ちょっとした小旅行を楽しむのもいいですね。旅行といえばいま日本には海外からの観光客が本当に多く来ていますね。特にアジア圏からの観光客が増え、大阪市内の買い物の店は彼らがしになっているといっても過言ではありませんね。

 ためしに大阪市内の繁華街である心斎橋筋を本町から難波まで歩くと、外国語での会話が飛び交っているのが実感できます。それにとにかく人が多くまっすぐに歩くのが大変な状況です。歩いて急ぐ人ならば心斎橋筋ではなく、御堂筋の四ツ橋側の歩道を歩く事をお薦めします。とはいえ多くの外国人が日本に来て日本の実情を知ることはいいことです。政治的思惑で喧伝される姿と実際の姿のギャップを知ることで、余計に興味が湧いてくるでしょうし。

 あとは宿泊の問題ですかね。いまさらここで言うほどの事でもないんですが、ホテルが取れなくて困っている人も多くいます。仕事や受験でいつも泊まっていたところでは取れなかったという話をよく聞きます。悪質なのはこれをよいことに宿泊代を以前の3倍や4倍に平気でしているホテル業者があることです。需要と供給の関係はありますが、暴利をむさぼる業者の姿は醜いものです。しっかり業者名を覚えておいて、今後は一切利用しないよう友人知人に広めておきましょう。


16年3月22日

 日本でも海外でも、政治の面でも経済や市民生活の面でも日々様々な出来事が起こっています。新聞やTVでニュースになってもまたすぐ新たな話題が現れ、その前のニュースが重大である無いに関わらず忘れ去られていくことも多いですね。つい最近の「保育所問題」についても、例え政府が何らかの施策をはかろうと表明しても、それが現実化するのは来年度の予算や対応からやっと始まるのであって、1年以上その問題意識を持ち続けて働きかける必要があります。

 声が小さくなれば(圧力団体や利権関連団体でなければ)サッと忘れ去られます。理不尽な政治に対する怒りや問題意識を継続するのは大変な事だし、それが世論として続くことも様々な条件が必要です。しかしたとえマスコミが取り上げなくなっても問題は依然として残るのですから、持続するエネルギーを常に燃やすことが必要ですね。そのためには結局は日々の出来事やニュースをしっかり把握して、その中にある事実をいつも探ろうと努力する、それ以外にはないかもしれません。

 日本ではいま、「来年4月に予定される消費税率10%への引き上げの先送り論が相次いでいる」だの「衆議院参議院同日選挙への大義名分必要」など、様々な観測記事がマスコミを賑わしています。まあ観測記事ということは結局は当局側からの世論形成的な側面が強いと思うのですが、例え評判の悪い消費税率増税にしてもそれが増税されない事になったら安心だ、ということではなく、そもそも公平な税負担がこの日本でなされているのかという根本的なところに注目すべきでしょう。

 マスコミでよく流されるのが日本の法人税率は高いということです(14年で約38%)。これははあくまで法定税率のことであって様々な優遇措置をへた実行税率でいうと、利益上位100社ではマイナスが4社、1%未満が10社、、5%未満が2社をはじめ40社が20%を下回っており(富岡幸雄・中央大学名誉教授の著作から)、本当の税負担は驚くほど低いという事です。広告をもらっているマスコミはこの事実は公表しませんが、消費税以前の問題としての税負担の実態をよく知るべきですね。


16年3月14日

 ようやく暖かい日も続くときがあり、冬から春への季節の変わり目を感じる日々となりましたね。春になればまたスポーツに親しむ時間が増えます(もちろんスキーやスケートなどウインタースポーツも楽しいのですが、冬季は屋外での活動が限定されますからね)。プロスポーツではサッカーのJリーグが開幕していますし、野球もオープン戦がたけなわで公式戦はもうすぐ開幕します。スポーツを見る楽しむが日常化する季節といえます。

 更に今年はリオオリンピックがあるといことで、出場を賭けた各競技の予選もおこなわれています。女子サッカーは2月末から大阪でアジア予選がおこなわれていましたが、日本チームは残念ながら敗退し本選出場はなりませんでした。敗因はいろいろあるでしょうが、やはり同じ監督が8年も続けたというのは問題があるでしょう。これだけ長く監督を続けると戦術の進歩がなくなりますし、新しい選手を使うなどのリスクを避けどうしてもなじんだパターンで試合をおこないがちです。

 過去の蓄積(結局選手もベテラン中心にしかできなかった)が自分達の組織では充分生かされ機能していると考えていても、他国のチームは日本チームを研究し戦術も選手も変え、体力やスピードも一段とレベルアップして立ち向かってきました。昨年の女子サッカーW杯で日本チームは準優勝しましたが、決勝トーナメントの試合でもほとんどが押されていて辛勝でしたし、決勝のアメリカ戦は完敗でした。この段階が最後のチャンスだったんですが、過去の栄光にこだわったのでしょうか、監督を変えることをしませんでした。

 スポーツ界におけるチャレンジも、そこに巣食う派閥や学閥、金銭や人間関係によって容易に挫折させられるものです。またスポーツに名を借りた非常識な行為も出てきます。20年の東京オリンピックをめぐるドタバタを見ればよくわかりますね。新国立競技場だけでなく、各施設の建設・改築費が当初予算の何倍何十倍にもなり、結局は予算を取って土建事業をおこなうためのオリンピックかい、といいたくなる有様です。ウラに隠された目論見をきちんと見る必要がありますね。


16年3月7日

 1月4日に召集された国会ではいま参議院で予算が審議されています。まあ衆議院で可決されていますので衆議院の優越性もあり予算はすでに決まりなのですが、予算がどのように使われているのか常に気をつけてみていたいものです。話題になった新国立競技場の建設費(東京都やトトからも資金が出る)の無駄遣いは象徴ですが、でも金額としては全体から見れば少ないものです。無駄な予算や一部の層へのばら撒きというのは様々な形でおこなわれています。

 そして既得権層でないところや政治家・官僚組織と結びついていない所には満足な予算は回ってきません。ありきたりの表現のようでいまさらそれがどうしたという人がいるかもしれませんが、黙っていてはますますそんな層を増長、格差が拡大する事になります。つい最近「保育園落ちた日本死ね!!!」という言葉がネット上に表れ、それをめぐって論争も起こっています。確かに言葉使いは悪いですが、いまの日本の現状と政治の貧困を鋭くついています。

 国会ではこの言葉を取り上げて質問した野党議員に対して(それよりも自ら問題意識を持って実態を調査しもっと鋭い現実を突きつけるのが野党議員の仕事なのですが)、安倍首相は「(ブログだったら)本当かどうか確かめようがない」と答弁し、また自民党席からは「誰が書いたんだよ」などの野次がとんだということです。愚劣な野次に表れた問題意識の低さに唖然としますが、現実に保育所の待機児童は増えています。働こうと思っても子供を預けられず働けないという事です。

 原因ははっきりしています。保育所が少ない(保育所を増やしていない)為であり、それは保育士の給与が低い(全産業平均と比較して月額10万円程度低い)など待遇がひどく、自治体も消極的だからです。しかし3~4千億円の予算措置をすれば(97兆円弱の一般会計予算からばら撒きや無駄な公共工事を省けば直ぐ捻出できる金額です)そんな問題も解決されるということです。もっと怒りましょう。必要なところにお金が使われるようにしつこく声を上げなければなりません。 
 

16年2月29日

 2月も末、もう1年の6分の1が過ぎました。相変わらず時の過ぎるの速いものです。しかし今年はうるう年なので2月が29日まであります。得したような気分ですかね。うるう年は地球の公転の時間と暦がずれていくために調整として1日増やすわけですが、必ずしも4年に1回ではなく法則があります。基本的には西暦が4で割り切れる年をうるう年としますが、例外として100で割り切れて400で割り切れない場合は平年となる、とのことです。

 ですので普通に2016年、2020年などはうるう年ですが、2100年や2200年は「100で割り切れて400で割り切れない」ので平年になります。2000年、2400年は、100で割り切れますが400でも割り切れますのでうるう年になります。まあそんな先の計算をしてどうなるのだ、と言われればそれまでですが、日常のちょっとした疑問を常に意識するのはいいことでしょう。

 で、せっかく1日長いのですからこのところ国会でも論議されている議員定数について考えましょう。「衆議院の1票の格差」ということで、都道府県の人口比をより反映できる「アダムス方式」の導入について野党(+公明)が導入をもとめ、自民党が反対しているという状況ですが、普通に考えてみれは議員の数の問題ではなく、国会の審議のあり方、官僚との関係、政治献金や政党助成金の問題など、政治の質に関わることが大きな問題になるべきものです。

 残念ながらそれらはパスされ数の論議になっているのですが、数の問題なら単純に考えることが必要です。現在の2院制では衆議院が優位に立つので、単純に人口比を反映するために小選挙区なら常に区割りを変えて行く。そのかわり参議院は都道府県の代表ということで、47都道府県に例えば全て6議席(3年ごとに半数改選)という風に同じ定数をあてて、人口比とは関係なくします。そうすることで地方が声をだしやすくするという、こんな誰でも考えつくこともなかなか実現しないのですねえ。 


16年2月22日

 アメリカ大統領選挙における民主党、共和党両党の候補者選びが進んでいます。各州における党員集会が開かれ、候補者も絞られてきました。他国の選挙ですが世界の力関係に大きな影響を及ぼす選挙ですので、世界中が注目しているでしょう。しかも国民が直接選挙で選ぶ大統領ではなく、各州ごとの選挙人数で選ぶという現在では珍しい間接選挙で、しかも1年近くかけて選ぶというのですか注目度も増します。

 民主党、共和党両党も本命と言われた候補が苦労しているのは、やはり米社会が大きく変化している(ということはその影響が世界に波及する事になりますね)とは無関係ではないでしょう。民主党はヒラリー・クリントンが圧勝すると見られていましたが、格差是正を訴える自称民主社会主義者のバーニー・サンダースが序盤の獲得代議員数では互角となっています。圧倒的に若者の支持を得ている事は、米社会の格差という矛盾がこれまでとは比較にならないくらいに高まっている事を示すものでしょう。

 ただ民主党の候補者選びには一般代議員のほかに党幹部や連邦議会議員らの特別代議員という枠があり、現状では特別代議員の多くいはクリントンを支持しており、サンダースは少数派の立場です。一方共和党ではドナルド・トランプが強硬保守から穏健保守まで満遍なく支持を得ており、本命候補となりつつあります。もちろん最後の勝負は党員集会ではなく全米での国民投票ですから、その政策の中身も徐々に変化があることも予想されます。

 しかしいずれにしても例えば若者、ヒスパニックやアジア系など少数派民族の有権者など、これまでの支持行動とは大きく変化している社会構造を見る必要があるでしょう。格差は単純に低所得だからということではなく、社会保障や医療制度、教育制度など国民として“普通に生きる”ための基礎そのものが崩壊しつつあると多くの国民が感じていることなのでしょう。その実感が行動として現れつつあるということでしょうが、日本の社会構造も決して米社会と無縁ではありません。


16年2月15日

 “ゲス”という言葉がマスコミを賑わしています。音楽家、芸能人、そして自民党の衆議院議員、とジャンルを問いません。何につけても煽るようなキャッチコピーをつけるのは日本のマスコミの特徴かもしれませんが、あまり本質とは関係なくともとにかく付けたもの勝ちという状態ですね。ゲス、辞書によると『下種:品性が下劣なこと。またそのような人やさま』となっています。若い人にはやはり某音楽グループの名称で身近になった言葉でしょう。

 漢字は意味によって「下衆」や「下司」とも書きますが、いずれにしてもあまり良い意味には使われません。まあ個人的な事柄に終わるならゲスであってもあまり関係ないと言えるのですが、人の命や生活に大いに影響を及ぼす権力を持っている人間が平然とゲスな発言や行為をすることは許されません。しかしそんなことが続いているのです。

 丸川環境大臣は、原発周辺などでおこなっている除染で「基準となる年間被爆量を1ミリシーベルトと決めたのは反放射能派で何の科学的根拠もなく時の環境壇人が決めた」と発言しました。1ミリシーベルトは余分は被爆はできるだけ少なくすべきだということから、国際法放射線防護委員会の勧告もあって決めているものです。もちろん丸川環境大臣はそんなことを知ろうともせず、またこれまでの環境問題に関する被害やその克服の蓄積を自ら調べようともせず、ただただ原発事故被害を無視しようとしたものでしょう。

 でもこれこそ“ゲスの極み”でしょう。何の根拠もなく苦しんでいる人々の存在を踏みにじる、生殺与奪の権力を持った者が好き勝手にしてもいいような態度を公然と示す事です。高市総務大臣の「放送法に基づく電波停止」の国会答弁も、この間続いているTV局に対する露骨な脅迫の一種といえるようなものであり、今の社会でこのように一方的な思想で他者の思想を圧迫する事実が隠然とおこなわれ、しかもそれが当たり前のようになりつつあります。“ゲス”と言って終わりにできない状況です。


16年2月8日

 毎日の新聞を見ると(あるいはTVでもいいんですが)、いま何がこの社会でおこなわれようとしているのかがよくわかります。いえいえ逆説的な意味でですよ。2月に入って大きく報じられたのが元プロ野球選手の覚せい剤使用及び逮捕の事件でしたね。トップニュースの扱いで、TVのワイドショーなどはこの時とばかり連日“新事実”やら“過去の取材を見る”などとして、隠し撮りをした場面をこれでもかというように流しています。

 もちろんこの選手の過去を露わにして芸能人などのコメントを盛るという番組構成がほとんどで、覚せい剤が蝕む社会の問題や覚せい剤常習者に対する社会的な治療には何が必要なのか、などなど本来の問題の解決につなげる構成はほとんどなかったといっていいでしょう。少し前に起こった女性タレントの“不倫騒動”でも似たような報道でした。で、結局ほんとにくだらない話題で公共の電波を使用し、大事な情報は伝えません。

 例えば国会論争などです。昨年安倍政権が当然開くべき臨時国会を開かないで通常国会が正月明けから始まっていますが、日本の未来を決めるかもしれない事柄がどのように論議されているのかを知ることは大事なことのはずです。しかし新聞では問答の簡略版がのるだけで、どのような根拠や資料基に質問をおこなったのか、或いは政府側答弁時の対応の仕方など、真剣に答えているのかなど感情も交えた対応が少しも表現されていません。

 国民のお金で成り立っているなどと宣伝しているNHKもごく一部だけ国会論争を中継しただけで、今はほとんどスルーです。権力の大きい方の垂れ流す情報を伝達するのに慣れてしまったマスコミに頼れませんので、以前にも書きましたが衆議院および参議院のインターネット審議中継をみましょう。生で論争を見られますし、ビデオライブラリもあり過去の審議もチェックできます。どのように形式的な答弁がはびこっているかなど、議会の実態の一端でも感じる事ができるでしょう。


16年2月1日

 もう2月になりましたね。1ケ月が過ぎるのは速いものです。“今年の目標は・・・”などと大きなものはあえて決めていないものの、こうも早く時間が過ぎてしまうと改めて“え~っと、あれとこれとを春までに済ませないと”などと決めたくなるものです。しかし慌てる必要はありません。新たに新年の決意を始められる手があるのです。そうです、旧正月です。新暦・太陽暦に対して太陰暦(通常は陰暦と呼ぶ)での日付です。

 今年は新暦の2月7日(日)が大みそかで、8日(月)が正月になります。この陰暦は月の満ち欠けを基にした暦で、「月の期間を29日(小の月)、30日(大の月)を6回ずつ設け、1太陰年を354日とすると、3年で1月以上の誤差が出るので、閏日を設けて調整する。閏日を設けた年のことを閏年という」(ウィキペディアの説明)ものです。では年によって大みそか、正月が変わるのなら庶民はどうやってその日付を知ることができるのか。

 実は旧暦をまだ基盤にすることが多い中国では「日歴表」なるものが出版されているのです。筆者が持っているのは「上下二百年日暦表」で、1901年から2100年までの暦が掲載されているのです。例えば最初のページは1901年(光緒27年)の正月は太陽暦の2月19日で、2100年の正月は2月9日となります。ちなみに来年(2017年)の正月は1月28日で、2018年は2月16日、2019年は2月5日と変化していきます。

 太陽暦での新年を迎えるのに“忙しい忙しい、年賀状も書かなければ”などといつも時間に追われるような状況に陥っている方には、たまにはこの陰暦に生活をあわせてみてはどうでしょうか。他の時期に取る有給休暇を今年は2月8日に取って、ゆっくりくお茶などを飲み近所の寺や名所旧跡などをのんびりと回る、などというのもいいかもしれません。そして今年の目標は、と改めて決意するのもオツなものかもしれません。


16年1月25日

 24日おこなわれた沖縄県宜野湾市長選挙で政権与党の自・公が推薦する現職市長が再選しました。普天間基地の地元でもあり、基地の辺野古への移転に反対している翁長・沖縄県知事が支持してきた新人候補は敗れました。政府はこの結果を受けて辺野古への移転が支持されたなどと宣伝したいようですが、現市長に投票した有権者であろうと投票しなかった有権者であろうと、その気持は「世界一危険な基地と形容される米軍普天間飛行場の廃止と返還」にあるのは間違いありません。

 政府がこの結果を“民意”として辺野古への基地建設を強行する事は全く理にかなっていないことです。民意はすでに先の沖縄知事選挙で翁長知事が選ばれたこと、および先の衆議院選挙全4小選挙区で野党側候補者が当選した事で示されています。即ち、これ以上沖縄に基地を固定するな、ということです。何より危険な普天間基地の撤去、県内に新たな基地は作るな、これが民意のはずです。

 問題は何も変わっていません。日本の軍備・防衛をどう考えるのか、変化する国際状況の中で安保・日米関係をどう正すのか、日本社会の未来の問題として関わってくる課題です。それは拡大する貧富の格差や子育てに悩む若者世代の未来への展望とも密接に関わっています。1つの選挙結果が予期せぬ事態を生み出す事もあるのです。その意味ではますます身近な選挙や参議院選挙など国政選挙において熟慮する行動が求められますね。

 そんなことを考えていると、安倍政権下ででてきた甘利献金疑惑です。甘利明・経済再生相(及び事務所)が千葉県の建設会社から1200万円の現金授受・飲食接待を受けていたということです。口利きを頼んだ建設会社担当者側はその行為の写真も録音もあるということで、大臣はその進退を問われています。しかし口利きと金という政治のウラの実態が、未だに続いている事にもあきれますが、それが今の日本の実情だということはしっかり心に留めておきましょう。


16年1月18日

 今週はスポーツの話です。昨年はラグビーのW杯があり、日本のラグビートップリーグも一挙に観客が増えたようです。特に五郎丸選手などTVでよく取り上げられた選手が所属数チームの試合にははじめて見に来る人も多くなり、観客数が2倍3倍に伸びているようです。まあ筆者は地元関西チームとして神戸製鋼と近鉄を応援しているのですが、年末の試合でも昨年とは違って席は埋まってましたし、何より時間が早いうちに前のほうの席が埋まってしまうのにはいささか参ってしまいましたが。

 そしてサッカーはいま予選がおこなわれているリオオリンピックです。男子は23歳以下で中東のカタールで予選がおこなわれて折、参加16チームが3つのイスを、女子は2月29日から大阪で予選を行い6チームが2つのイスを争います。いずれもアジアのレベルが上っており、また本大会に出場できるチーム数が少ない事、更にタイトな日程上中2日(男子)や中1日(女子)で次の試合をおこなわなければならないなど、肉体的精神的に強くなければ勝ち上がることは難しいです。

 スポーツと政治は無関係ではありません。もちろんスポーツの場で政治的(或いは宗教的・文化的など)を理由に相手を貶めるような行為は許されませんが、国威の発揚を前面に掲げる考えはまだまだ根強いものです。たとえば今回の男子予選でもイランとサウジアラビアが参加しており、予選グループの試合結果次第では準々決勝であたる可能性もあります。対立を煽るような宣伝がなされるのか、少し注視したいと思っています。

 今年はリオオリンピックの年ですが、サッカーの世界では欧州選手権がフランスでおこなわれます。南米選手権と同じように国ごとの張り合いはすごいものがあり、またサッカーのレベルも高いものですから、政治的社会的な意味でもそれぞれの国の首脳やファンの動きが何かの事態を動かすかもしれないのです。スポーツを楽しむのも生活と繋がっているという事を実感し、同時にその裏側にうごめく実態も見る努力をする必要がありますね。


16年1月12日

 暖冬のまま2016年を迎えましたね。かつても暖冬はありましたが、ここにいたってはもっと真剣にこの暖冬を考えるべきでしょう。ちょっとした気候の変動ではなく、地球全体の温暖化を含む環境の激変が起こっていることととらえなければなりません。生活環境はもちろん、農作物や海の生き物、その他生態系が大きく変化しますから、こまでどおりの農業や漁業では対応できませんし、当然生活形態も変化を余儀なくされるでしょう(昨今の夏の暑さは身にしみているはずです)。

 そんな社会環境を迎えるだけにより一層社会全体を見据えた政策の転換が求められるのですが、安倍首相が年頭に強調したのは“改憲”という一言。今年は参議院選挙があるだけに、ここで自公の与党と野党の改憲勢力をあわせて3分の2を取れれば改憲が現実のものとなりますから大いに力も入るというわけでしょう。しかし問題は狙いは9条の改正にあるのに、そのことをはっきりさせずになし崩しに進めようという点です。

 安保法案の時も多くの憲法学者から憲法違反といわれながらも数の力を背景に強引に進めましたし、消費税増税分は福祉分野に使うといいながら2016年度は当初より4400億円程度の増加だけ。相も変らぬバラマキをする一方で子育て世帯のための給付金を廃止することとするなど、相矛盾する事も平気でやろうとしています。消費税の“軽減税率”が10%に対して8%というのも国民をバカにしていますが、これらの問題をマスコミはほとんどとりあげません。

 それも新聞が軽減税率の対象に含まれたことで政権に対して批判を抑えようとすることと無縁ではありません。同じ活字でも書籍は対象外であり、新聞社各社はそんな矛盾を指摘する事もなく、唯々諾々と政権になびいています。そんなことがまかり通るのが現状なのだという事をしっかり認識しましょう。自分の目で見て調べ思索し、問題が本当はどこにあるのかを自覚し、マスコミに流されている情報を安易に信じないようにすることも、また必要でしょうね。


   
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